吉原遊郭で働いた遊女が眠る寺、浄閑寺

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東京都三ノ輪橋付近にある、浄閑寺。
そのお寺は、かつてこの付近に存在した吉原遊郭で生計を立てていた遊女達が眠るという、歴史ある神社なんだそうです。
早速行ってみることに。

ここが浄閑寺。
大通りから一つ道を入った場所にあるのですが、通る人は少なく閑散としていました。

入り口には説明の看板が。
このお寺は、遊女の遺体が運び込まれたことから「投込寺(なげこみでら)」という異名ももっているんだそうです。

境内はこんな感じ。
本堂とお墓がある程度のこじんまりとしたお寺です。

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その境内の裏に、遊女たちが眠る「新吉原総霊塔」がありました。
ここには、お花もですが化粧品なども供えられており、遊女に向けたものとして納得できるものでした。
ここには、慰霊塔の他に、遊女やその子供の名前を記した、1743~1926年に至る、十冊の過去帳も現存するそうです。

塔にはこんな碑もありました。
ここには「生まれては苦界、死しては浄閑寺」と書かれています。
遊女の平均年齢は21.7歳。
今で言う大学3,4年生に値する年齢なので、非常に若いことがわかります。
遊郭に身売りされた女性は、戸籍もなく、酷使され、病気になっても看病されることなく亡くなった方が多数おり、その人たちがここに葬られたんだそうです。
なんという・・・

新吉原総霊塔の向かいにはこんなものが。
「永井荷風(ながい かふう)」という小説作家が書いた詩碑でした。
永井荷風は森鴎外や夏目漱石とも交友を持つ有名な作家だそうです。
でも名前を聞いたことがある人はほとんどいないような気がします。
荷風は、東京の散策などを日課としており、下町の散策を題材にした作品も多数出していたようです。
そして色々調べると、浄閑寺をこよなく愛していたことも、わかりました。

上野駅の北東方向に位置する場所には、吉原や山谷のようなディープな場所が存在する。
私は神奈川県の川崎市民ですが、東京、川崎、横浜の大部分に住んでいてはわからない、いわゆる普通の会社員や学生などには知らない世界がここにはあるのです。
普段の生活では知らない世界が広まっているようで、本当に人生は色々なんだと思い知らされます。

境内には、休憩スペースがあり、その上部には綺麗な藤が咲いていました。
 世の中には、な~んか悲しい物語が詰まっているお寺ですね!!
しかし、こういう事実を知ることも重要なんではないかな~~とも思います!!
ほんと、人生いろいろです!!

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参考文献

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詳細・地図

住所 東京都荒川区南千住2丁目1−12
駐車場 無料
電話番号 03-3801-6870
アクセス 三ノ輪駅北口(徒歩1分)
都電三ノ輪橋(徒歩5分)
南千住駅(徒歩10分)
リンク http://www.jyokanji.com/
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