ちょんの間街からアートの街へ!平和をとり戻した黄金町物語Vol.7〜夜の黄金町を練り歩く

スポンサーリンク
今現在、黄金町はアートの街となり違法売春は行われていない。そんな黄金町が今どうなっているのか、夜の黄金町を練り歩いて紹介していこうと思います!今回は、今現在の夜の黄金町を練り歩いたことに関してを紹介し、かつて不夜城の街と言われた街がどのように変わっているのかを少しでも知っていただければと思います!

黄金町のちょんの間跡を歩く

知の冒険で記事を書くにあたり、黄金町や曙町はおそらく数え切れないくらい来たと思う。それだけ、この街には多くの物語があると私は思っている。この黄金町のちょんの間跡も20回以上は来たんじゃないかな。。ということでそのぐらい訪れて写真もたくさん撮ったので、この場所に関してを以下で紹介していきます!

たくさんのカフェー建築跡が残る

ここを歩くとわかるがとにかく恐ろしくたくさんのカフェー建築が今も残っている。かつては三大ちょんの間街といわれただけあり、本当にすごい数だ。。バイバイ作成が行われる前は凄かったんだろうなと一人想像しながら夜の街を一人歩く。。
ちなみに、私がよくここに来るのは深夜1時頃が多い。そうなるともはや誰も歩いていない状態。というか、はたから私を見たら結構な不審者に見えるだろうな(笑)

ここは元々は日本人の娼婦が相手をしていたものの、その後徐々に東南アジアや南米などの外国人女性が出稼ぎのために増えてきたという。

買い手がつかずレンタルルームとなる

ここ黄金町はバイバイ作戦によってちょんの間街が壊滅した後は、アートの街として生まれ変わった。しかし、未だに空き家となっている建物が多い。というのも、ちょんの間の建物は、その敷地に多くの店舗が立てられるよう細長い形をしており、2Fの部屋に限っては布団を敷いたらスペースはなくなってしまうような作り。そんな作りの建物となると、普通に生活をできる作りではないし、そのほかにどんな用途があるかとなってしまう。それに、かつて買春が行われていた街というイメージがあるからなのか中々買い手が見つからないという状況のように思う。
そして、多くの部屋がレンタルルームとして貸し出されているという。

そんなレンタルルームの張り紙はこちら。書かれている文字の中で「水商売・風俗業可」という文字がやはり気になる。そして値段もめちゃくちゃ安い!黄金町駅から5分とかからない立地であるが1日1,000円。
アートスタジオに変貌してはいるものの、まだ多くの建物が所有者が不明ということで手付かずになっているという。というのも、又貸しの又貸しという構造になっているということで追い切れていないということなのだそうだ。

鷲が特徴の黄金町交番

大岡川に面した場所には、黄金町交番という交番がある。交番といっても結構しっかりした作りの建物で屋上にでけえ鷲みたいなのがいるのが特徴だ!この鳥は「イセタカ君」という名前もついているのですよ。
この交番はここが売春地帯だった時に、住民の要望によって作られた鉄道でいう請願駅のような成り立ちの交番なのである。

大岡川沿いにひっそり湧く「日ノ出湧水」

ちょんの間跡を大岡川沿いに歩くと、水が流れる音が聞こえてくる。こちらは元町周辺に湧く「打越の霊泉」「ワシン坂の湧水」と共に、関東大震災の際に横浜市民の非常用水として命を救った湧水なのです。この湧水の正面にもかつてはちょんの間が営業していたわけです。
また、この日ノ出湧水は初黄・日ノ出町のイベントとして夏に行われる打ち水イベントにも使用されているという。このエリアがちょんの間街だった時は、多くの男性客や娼婦もこの水を使用したのだろうか。。

と思ったら、そのお隣には誰かがズボンを乾かしているが、日ノ出湧水で洗濯でもしたのだろうか??それだけでなく、なんか手袋的なものやタオル的なものが置かれているんだが、一体誰のやねん・・。

コインランドリーとコインシャワーがついている黄金屋という割と年季を感じる店もある。この店は割と古くからある店のようで、いつからあったかは不明だがこの辺でのコインランドリーは2005年まではこの1軒だけ。その後、2,3軒くらい増えたそうだ。
入り口には「女性優先」という文字があるため、最初は娼婦の方が結構利用していたのではと思っていたのだが、NPOの方に取材をした際にはその辺はあまりわからないという。しかし、特殊飲食店の中には洗濯機はなかったようなので、使用していた布団や彼女のネグリジェ等はここで洗濯されなかったのだろうか。。でなければ、どこで洗濯していたのか。。

現在も赤い日よけの看板がつけられたままの建物もいくつか残っています。多くの建物ではオーナーから借り上げて、これらの赤い看板(赤だけでなく色々な色の看板があった)も取り外されていきましたが、オーナーから許可が得られていないものや、所有者が不明の建物は勝手に取り外すことができずそのままの状態になっているのです。

スナックって書いてありますが、これはフェイクですぞ!中はなんかゴミ屋敷みたいになっているみたいですが、どうなんだか。。。

しかし、すごい数のカフェー建築だ。このエリアの何処を歩いてもこのような建物が残っている。最盛期には250軒にも及ぶ特殊飲食店があったようだが、その街の規模といいなんというか想像ができない。。。

建物にはこのようなステッカーが貼ったままの建物も。。

ネットで調べてみても、黄金町の特殊飲食店街だった頃の様子の写真はほとんど出てこない。暴力団が仕切っていた頃は、カメラを向けることは容易にはできなかったのだ。暴力団が見回りなどをしていたのかは不明だが、女性を買う目的以外では容易に立ち入ることができない、そんな雰囲気だったようだ。

アートの街になった今では、真夜中であってもライトが付いており、アート作品を鑑賞することができるスペースも多々存在している。

かいだん広場では、子供達が遊んでいる様子も見られる。DSでもやっているんだろうか。。。以前は保護者が同伴でここを通るようにしており、子供達が決して立ち入れるエリアではなかったわけですが、それが今では自由に遊べるスペースになっているのだ。ここまで来るには多くの人の努力があったのですね。。
この子たちが大きくなったときに、この街の歴史を知ってあの時遊んだスペースに色々な歴史があったと知ったら感慨深いものがあるだろうな。。

今現在のちょんの間跡の建物は、アーティストスタジオや小説家の事務所以外では飲み屋やカフェなどが営業をしているようだ。お店の前を通ると店内から声は聞こえてくるのでお客さんはそれなりにいるようだ。この近くには、野毛や伊勢佐木町あたりにいくらでも飲み屋はあるのですが、常連客がついているのかわりかし賑わってはいるようだった。

普段では、アーティスト達や小説家の方は室内にいることが多いこともあり、ゴーストタウンにはなってはいないが、人の通りはあまりない。土日などでも、アーティストスタジオや高架下のなどで作品を見に来る方はいるものの、基本的には多くのイベント以外は人通りは非常に少ないのが現状だ。
もっと町おこしをして多くの人を集めるようにするべきかどうか。。
だが、ここでまず抑えたいのはこの周辺住民の一番の願いとしては、あの違法な特殊飲食店が立ち並ぶ街を普通の街に戻したいということなのです。つまり、多くの観光客を呼び込んで一大観光地にしたいというようなことではないようだ。
また、この街には飲食店やカフェなどにかわっているだけではなく、普通に人が住むケースもあるようだ。バイバイ作戦が行われた後の当時は、サラ金から逃れている人が住んでいたり、偽装結婚をした方が住んでたという噂も。この辺りははっきりしたことはわからないですけどね。。
他にも、この近くにはマンションも建つようになったが、マンションとなるともはやだれが住んでいるかは把握ができない。2010年にはこの辺のマンションでロシア人女性が殺害された事件も起こったというのである。

おわりに

黄金町はもう何度も訪れ、何度もパフィー通りを通ってきた。今現在の黄金町は、他の住宅地と同様の普通の街になっているようだ。今回は夜の黄金町(昼の写真も混ざってしまいましたが・・)の様子を紹介しましたが、次回記事では現在の昼の黄金町を紹介したいと思います!
↓よければクリックをお願いします

詳細・地図

住所 神奈川県横浜市中区黄金町2丁目
駐車場 周辺にコインパーキングが多数あり
アクセス 黄金町駅から徒歩1分
リンク https://ja.wikipedia.org/wiki/黄金町

スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク