三ツ沢公園に現れた、謎の石塔

今回は、日本の歴史上欠かせない「太平洋戦争」に関係がある記事です。
この塔は、ぷらぷら歩き回っていたら偶然発見した塔です。
それがあまりにも異質だったもんで紹介したいと思います!!!

横浜市に謎の石塔

早速ですが、横浜駅から市営地下鉄線に乗り「三ッ沢上町駅」に来ました。
となりに、「三ッ沢下町駅」があるもんだから、どっちがどっちだか未だに覚えられない状態(笑)

横浜市に謎の石塔

はい、早速ですがいきなり超マニアックなうんちくぶちかまします!!
三ッ沢上町駅のホームにはこんなプレートが貼ってあります。。
なんだ??
見ると、この駅は「NATM工法」という方法で掘られたトンネルなんだそうです。
ナトムはNew Austrian Tunneling Methodの頭文字だそうです。
この工法は「オーストリア」のトンネルを掘る理論だそうです!!
1950年頃、オーストリアで考え出され1970年頃に日本で本格導入されたんだとさ。。
詳しくはまたの機会に・・・・・

横浜市に謎の石塔

あっ、これがNATM工法でできた駅です!!
って言われてもよくわからないですよね。
自分もわかりません。。
まあ、そんなところで駅を出て塔に向かって出発vvvvvv

横浜市に謎の石塔

おっと!!
お寺が見えてきた。。
御朱印を集めるなど最近お寺に興味を持っている私!!!
寺の名は「豊顕寺(ぶげんじ)」!!

横浜市に謎の石塔

説明書きもありました。
このお寺は、今の愛知県豊橋市に住む、多米元興という方が開いた、法華宗のお寺なんだそうです。
知らなかった。。
ってか知ってる人いるんか??
また今度詳しく調べてみよう。

横浜市に謎の石塔

豊顕寺の森を突っ切っていきます!!
この辺りは、住宅街であるのですがそれにしては結構大きな森となっております。
そして、突っ切った先に
鉄塔が姿を現します!!

横浜市に謎の石塔

今まで歩いていたのは、豊顕寺市民の森。
ここから三ッ沢公園に入ります。
そして、、

横浜市に謎の石塔

これだ!!
最初見たときは、「ぬぁんじゃこれは!!!!」と思いました。
ですよね。
鉄塔はさびれたような色をしていて、何か寂しさというか
わびしさを感じます。
実はこれは、
「戦没者慰霊碑」なんだそうです!!
 1945年、太平洋戦争がおきた際に、多くの方々が犠牲になりました。
その戦没者のご冥福を祈り建てられた塔のようです!!
塔は2本あり、左側は「太平洋戦争で払った大きな犠牲と破壊」、右側は「日本が将来に向けて羽ばたいていくように」という思いが込められています。
確かに左側の先っぽは、折れたような状態になっていますがこれは破壊を意味しているんですね。

横浜市に謎の石塔

下からの写真。
左側の塔には「昭和20年」という太平洋戦争が終戦した年が書かれています。
こうやって見ると、結構な高さであることがわかりますでしょうか??

横浜市に謎の石塔

ちなみにGoogleMapの航空写真で見るとこんな感じ!!

横浜市に謎の石塔

塔の裏側にはこのようなプレートが!!
この塔は、今(2014年)から63年も前に建てられたものなんですね。
正式名称は「横浜市慰霊塔」なんでしょうか。。。

横浜市に謎の石塔

そして、塔の奥には写真の建物がありました。
こちらの中には、戦没者の方々の遺骨が眠っているんだそうです。
私も、祈りを込めて両手を合わせていただきました。
この人たちがいたからこそ、今の日本があるわけですもん!!!
ちなみに太平洋戦争の犠牲者は300万人とも言われております。
しかし、その遺骨のうちいまだ137万人の方々のものはまだ日本に帰ってきていないんだそうです。
まじか!!

横浜市に謎の石塔

塔の右側にはこのような塔も建っていました。

横浜市に謎の石塔

公園内には説明書きの看板が立っております!!
これをみると、この塔は太平洋戦争だけではなく西南戦争からの犠牲者まで供養するための塔なんですね。
色々調べてはみましたが、なぜこの場所に慰霊塔が建っているのか、答えを見つけることができませんでした。
もう少し調査が必要ですね。
ちなみに私は太平洋戦争については、色々と関心を持っている人です!!
今年の6月も沖縄に行き、色々な戦争跡地を見てきました。
って戦争については、長くなるのでまたの機会に。。。
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横浜市慰霊塔
⇒ 横浜市HP
住所:〒221-0855
   神奈川県横浜市神奈川区三ツ沢西町3‎
訪問可能時間:いつでも訪問可能

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