瀬戸キャニオン

今回は、愛知県瀬戸市に来ております。
陶磁器で有名な瀬戸市です。
アメリカにはグランドキャニオンという場所があり、日本の青森県には日本キャニオンと言われるスポットがあるそうです。
そしてここ瀬戸にも「瀬戸キャニオン」と呼ばれる場所があるんだとか!!
面白そうです。
一番よく見える場所が「窯神神社」とのことなので、早速その神社に行ってみました。
瀬戸キャニオン
ここが窯神神社。
一番景色が良さげなところを探し、いざキャニオンを拝見!!
瀬戸キャニオン
???
これ?
木が生えている関係で、よく見えない・・・・
瀬戸キャニオン
iPadだとこれが限界(-_-)
確かに言わんとしていることはわかる!!
でも、よく見えない・・・
昔はもっと近くまで行けたそうなんですが、現在はこれがベストなんだそうです。
ここは陶磁器を作るために露天掘りされた場所なんだそうです。
ここの土地を切り崩してどれだけの陶磁器が作られたんでしょうか・・・・・・・
景色はもういいので、せっかくなので神社を散策します。
瀬戸キャニオン
色々な記念碑などが建っていました。
瀬戸キャニオン
こんな像もありました。
この方は「加藤民吉」さんだそうです。
この方は、この瀬戸に陶磁器を広めた人なんだそうです。
磁祖とも言われています。
加藤さんは次男です。しかし、昔は「一子相伝制」という制度があり、長男にしか陶業は継げないという決まりがありました。
名古屋で新田開発をしていたところ、とある男の目に留まり「南京焼き」という焼き物の研究を手伝うことに。
そこで、焼き物の腕は磨けたものの素地、釉薬などまだ未熟な点が多く残っていました。
そこで、民吉は佐賀県の有田で飛び技術を磨いた後、瀬戸に帰ってきたんだそうです。
瀬戸キャニオン
だがしかし、物語はそれで終わりではありませんでした。
有田焼のwikipediaには以下の記述があります。
「磁器生産は全国窯業地の憧れであり、ついに1806年に瀬戸の陶工加藤民吉が潜入に成功し、技術が漏洩する。以降、瀬戸でも磁器生産が開始され、東日本の市場を徐々に奪われていく。江戸末期には全国の地方窯でも瀬戸から得た技術により磁器の生産が広まっていく。」
引用元:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E7%94%B0%E7%84%BC
加藤さんは有田に学びに行ったというよりは、技術を盗みに行ったって感じらしいです。
事実は不明ですが、すでに瀬戸で結婚しているにも関わらず、有田で技術を盗むために窯元の娘と結婚したという噂があります。。
真実はいかに・・・・・・・・
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瀬戸キャニオン
住所:愛知県瀬戸市窯神町112
営業時間:いつでも訪問可能

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