この地下壕は何のために作られた?
では、この地下壕ってそもそもなんのために作られたのか?
ガイドさんが言うには、結論から言うと「はっきりとした目的はわかっていない」とのことでした。どうやら資料としても明確に書かれたものは今の所は見つかっていないとのこと。
防衛庁防衛研究所には、太平洋戦争末期に作成された「館山航空基地次期戦備施設計画位置図」という図面があるとのこと。それには、赤山地下壕の位置には「工作科格納庫」「応急治療所」「自力発電所」と記載されているという。
その他には「特攻隊に向かう方々が待機をしていた」という用途にも使われていた説もあるなど、まだまだ解明されていない事が多い地下壕なのですね。。
先ほどの、この地下壕の用途として「応急治療所」を挙げましたが、この豪には金属の二段ベッドがあり、軽症の患者が治療を受けていたと説明にも書いていますね。
そんで、ここで治療を受けていたのはどのような方かというと、ここ館山では戦争に行く訓練をしていた方が多かったということで、訓練中に負傷した方が治療を受けていたのだとか。
治療所は地下壕内に複数あるという。重症の患者は横須賀に運ばれていたとのことで、東京湾全体でこれらの負傷した方の治療対策が考えられていとも推測できるわけです。
あ、そうそう。あと、参加者の中には、空襲当時は女学校に通っており工場の手伝いをしているおばあちゃんがいました。
その話の流れでガイドさんが離してくれたのが、「女学校の人たちは工場だけでなく看護の勉強として包帯を巻いたり、さらには血を見ても怖がらないように耐性をつけさせられていた」そうですよ。
さらにさらに、地下壕の用途として「工作科格納庫」という役目があった可能性もあると書きましたが、戦闘機とかその辺のものを豪に格納する予定だったのかもしれません。
豪の内部は、通路は人が通れるほどのスペースだったりとそこまで広くはないものの、上の写真みたいにやたらと広く、そして高く掘られた箇所もあります。高さはだいたい3mほど。こんだけ広く高くスペースを確保しているということは、それだけのものを格納するためだったんですかね。
そして、このような穴はどのように掘ったのでしょうか??足場を組んで上を掘るなんてとても大変ですし。。
その方法はこうです!
もともとは全て岩盤だったので、下から掘らずに上から掘り進んでいけばいいわけですね!!
キノコ栽培にも使われた??
戦争が終わった後、この地下壕は「忘れられた存在」になっていました。しかし、一体どこの誰だか知らないですがこの場所でキノコ栽培をする輩(やから)が現れたとのこと。
地下壕の中は温度が一年中一定しているということもあり、昭和30年前後の頃より、キノコ栽培に使われていましたとのこと。上に写っているのは、キノコの研究者がお湯を沸かすために使っていたものだという(笑)
ただし、この研究者は誰かの許可を取ってここで研究をしていたのではなく、なんと勝手にここで研究していたとのこと(笑)
「ここは研究に適しているから使っちまうか!誰も来ないしバレないっしょ!」みたいなノリで使っていたんですかね( ;∀;)
湯沸かし器の近くには壁面に焦げ付いた跡が。。しかし、よくこんな場所で生活していたもんだ。。
天皇陛下の御真影もここに運ばれた?
我々は地下壕を進んでいき、一般開放している一番奥部へとたどり着きました。この奥の部分には、地下壕の中でも大変重要な役割を持っている部屋があるのです。
それがこちら。奥にはなにやら四角い枠が見えるかと思います。この部屋はなんなのかというと、実は奉安殿(ほうあんでん)なんだとか。
奉安殿ということで、天皇陛下の写真ではなくあくまで模写した御真影であり、空襲の時に航空隊の基地から御真影をここに運んでいたとのこと。
「これが、赤山地下壕の重要な役割だったのでは」とガイドさん。
近くにあるプールにも秘密が!
以上で地下壕の内部探検は終了!で、最後解散する前にもう一つガイドさんが解説してくださいました。上の写真に写っているのは50mの市営プール。しかし、このプールは、9レーンとサイズにしては結構大きなプールなんですね。
実は、これは戦後に造られたものであり、この周辺を運動公園にする計画のための第一弾として作られたのがこのプールだったそうです。当時ではこけら落としの際に、水泳界で有名な方がここで泳いでいたとのこと。
このプールを作った後には、航空隊の基地も運動場にしようとしたのですが、自衛隊が入ることになってしまい、この辺を運動公園にする計画はポシャってしまいました。。
その名残としてこのプールは残っているんですって。上の写真の右側は斜面になっていますが、あそこは観客席にする予定だったとのこと。。
おわりに
どうでしたかね。千葉県の先端にある館山市を代表する観光スポットである赤山地下壕。 館山市は、東京湾アクアラインが開通したことで東京や神奈川からはだいぶアクセスしやすくなっており、開通前は館山市で宿泊する人が多かったものの、今では交通の便が良くなったことで日帰り客も多いんだとか。
千葉県というと、マザー牧場とか市原ぞうの国、あとは鴨川シ―ワールドとかが有名なスポットかもしれないですが、今回紹介した赤山地下壕など戦争に関する遺跡は大変多く、とっても勉強になりますよ1
ぜひぜひ、気になった方は訪問してみてください。どうせいくなら、ガイドが付く毎月の第一日曜日の午前がオススメっすよ!!
参考文献
詳細・地図
住所 | 千葉県館山市宮城192−2 |
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営業時間 | 09:30~16:00 |
入場料 | 一般200円・小中高校生100円 |
休壕日 | 毎月第三火曜日 年末年始(12月29日~1月3日) 選挙等行事のため臨時休壕となることあり |
駐車場 | 無料 |
電話番号 | 0470-24-1911 |
アクセス | 千葉東金道路から銚子連絡道路「横芝光IC」より国道126号線を経て約45分(県道30号線沿い) 東関東自動車道路「大栄IC」より東総有料道路、国道126号線を経て約55分(県道30号線沿い) |
リンク | http://www.city.tateyama.chiba.jp/syougaigaku/page001892.html |