「日本百名山」を選定した深田久弥が茅ヶ岳山中で亡くなった場所には、慰霊碑が建てられている!

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深田久弥個人が選んだ「日本百名山」とは

何事にも、日本三大○○とか、○○100選などのようなくくりが存在しますが、山に関してのくくりとして代表的なのが日本百名山なんですね。最後に、この百名山はどのように選ばれたのか?
前章では深田久弥終焉の地を訪問しましたが、ここからは登山の歴史を振り返りながらちょいと日本百名山について学んでみましょうか!!

日本の登山の歴史とは

登山の歴史となると、相当古いっす。そして山の歴史を語るのは宗教というテーマが必須になります。日本で一般人が娯楽で登山をするようになったのは早くても明治・大正頃だと思われますが、それ以前は山岳信仰としての登山が多かったようです。
日本では、古来から山岳を神仏の住む神聖な場所だと考えられていました。日本三大霊山といわれる富士山、立山、白山は修験道の行者によって開山されていますし、富士山は富士講といわれる方々が江戸時代に仕切りに登山をしていました。
▲新潟県の親不知にあるウェストンの碑
そして時は過ぎ、明治時代。この頃から日本で近代登山の歴史が産声を上げました。ここで、日本の登山界に欠かすことができない人物として「ウォルター・ウェストン」という人物を上げなくてはいけません。彼は1894年に宣教師として日本を訪れ、今では日本アルプスと言われる「飛騨山脈(北アルプス)」「木曽山脈(中央アルプス)」「赤石山脈(南アルプス)」を巡りました。
▲ウェストンが最初の登頂者だった「北岳」
その中でも、北アルプスの白馬岳や南アルプスの北岳(1902年)、地蔵岳(1904年)は彼が初めて山頂に立った人物でもあるのです。そして、彼は「日本アルプスの登山と探検」という書籍を出し日本アルプスの名を広め、また日本山岳会の設立にも大きく貢献した方だという。

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ただし、日本アルプスと命名したのはウォルター・ウェストンではなく「ウィリアム・ゴーランド」というイギリス人鉱山技師でした。その後、小鳥烏水が日本アルプスを「飛騨山脈(北アルプス)」「木曽山脈(中央アルプス)」「赤石山脈(南アルプス)」の3つに分類したのです。まとめると以下ですね!
日本アルプス命名の流れ

ウィリアム・ゴーランド
→ イギリス人鉱山技師で、飛騨山脈を調査した背景からその周辺の山脈をヨーロッパのアルプスに見立てて「日本アルプス」と命名
ウォルター・ウェストン
→ イギリス人宣教師として日本に来日。自身で盛んに日本アルプスの名山に登り、彼が初めて登頂した山もいくつかあります。書籍を出版し、ヨーロッパにも日本アルプスの名を紹介しました。
小鳥烏水(こじまうすい)
→ 小説家でもありながら登山家として知られた人物。1905年に、日本山岳会初代会長になった。彼が、ゴーランドによって日本アルプスとして言われた山々を「飛騨山脈(北アルプス)」「木曽山脈(中央アルプス)」「赤石山脈(南アルプス)」の3つに分類した。
なるほど、日本アルプスと名付けたのは日本人ではなく外国人だったのですね。明治時代に彼らによって書籍が出版されたりして登山が知られるようになり、日本に近代登山の風潮が芽生え始めたと言われています。
今では、ネットや書籍で多くの登山情報を収集することができますが、昔はまだ未知なる山が多く、それはそれで未知なる探検という感じでワクワクしたんだろうな~~!!

日本百名山はどう選ばれた?

▲深田久弥が執筆した『日本百名山』
日本百名山は私も10座ほど登頂していますが、深田久弥はなぜ今の百名山を選んだのか。これは、小説家であった深田久弥が1964年7月に出した『日本百名山』という山岳随筆なんですね。
そう、この百名山は「どこかの組織が登山界に活気をもたすために選定した」とかいうわけではなく、深田久弥が書いた書籍が第16回読売文学賞を受賞したりして登山入門書としてのベース的な役割を果たしたようなんですね。
この本は、実際に深田久弥が日本中の色々な山々を登って選定したということもあり、今のようなインターネットなどもなかった時代にこの本から日本にある色々な山の魅力を知ったことから登山ブームが起き、旅行会社もツアーを組んだりと「日本百名山ブーム」が自然発生的に生じたようなんです。
ただし、登山会の中では「これはあくまで深田個人が勝手に選んだんだから、本来の百名山とは言えない」という意見もあるそうです。というか、そういう意見は出るでしょうね。。
そして、深田久弥はどのような基準で百名山を選んだのか?実際に山岳随筆『日本百名山』のあとがきの部分にその内容が記載されているので以下に引用します!!
選定についてまず私は三つの基準を置いた。
第一は、山の品格である。誰が見ても立派な山だと感歎するものでなければならない。他k差では合格しても、凡常な山は採らない。厳しさか強さか美しさか、何か人を打ってくるもののない山は採らない。人間にも人品の高下があるように、山にもそれがある。人格ならぬ山格のある山でなければならない。
第二に、私は山の歴史を尊重する。昔から人間と関りを持った山を除外するわけにはいかない。人々が朝夕仰いで敬い、その頂に祠を祀るような山は、おのずから名山の資格を持っている。山霊がこもっている。ただ、近年の異常な観光業の発達は、古い謂われのある名門の山を通俗化して、もはや山霊も住み所がなくなっている。そういう山を選ぶわけにはいかない。
第三は個性ある山である。個性の顕著なものが注目されるのは芸術作品と同様である。その形体であれ、現象であれ、ないしは伝統であれ、他に無く、その山だけが具えている独自のもの、それを私は尊重する。そこにでもある平凡な山は採らない。もちろんすべての山は一様ではなく、それぞれの特徴は持っているが、その中で強烈な個性が私を惹くのである。
引用元:日本百名山 p424
それ以外にも、付加条件として標高1,500m以上という線も引いていました。ただし、それはあくまで目安であって茨城県の筑波山(876m)や鹿児島県の開聞岳(924m)のような例外も存在します。
深田は、もともとこの百名山構想は戦前から考えていたようです。戦前から、目ぼしい山にすべて登り、その中から百名山を選んでみようと思ったとのこと。その頃は、山岳雑誌に「日本百名山」と題して二十五座ぐらいまで連載をしていたようなのですが、その雑誌が途中で廃刊になってしまったようなんですね。
雑誌は廃刊になってしまったものの、執念深く百名山を選び続けて「日本百名山」を完成させたようです。ただし、百を選んだものの決め難い山も多く、この著書には百名山は今後アップデート(入れ替え)する予定と書かれていましたが、最終的に入れ替えられることはありませんでした。

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私が登った百名山

▲大学院時代に登頂した八ヶ岳(赤岳)
私は今まで百名山の中で10座ほど登ったことがあります。富士山、北岳、槍ヶ岳、八ヶ岳(赤岳)、金峰山などなど。。
いや~懐かしいわ。写真のフォルダを見て学生時代や社会人になりたての時に上った百名山の写真を見直しましたよ。私は大学生の時はスキーサークルに入っていたので、その友達とよく登ったものですよ!
その時は、深田久弥がどうだとかは考えずただ百名山というくくりに入っているからという理由で選んでいましたが、百名山はスタンプラリーではないのですね。それぞれの山に山岳信仰などの歴史があり、景色があるのです。
上の写真は大学院時代に登った八ヶ岳(赤岳)っすね。夜中から登り始め、明け方山頂に到達して、見事な雲海が見えたのは今でも良き想い出!!ちなみに、私は左側にいる方でその右側の黄色いTシャツを着ているのは高校時代からの親友っす!!
▲日本の山で大変人気がある「槍ヶ岳」
あと印象に残った山といえば、北アルプス(飛騨山脈)にある槍ヶ岳ですね。槍ヶ岳はその尖った形からか登山家の中でも大変人気がある山。百名山の中でも非常に難易度が高い山で、お亡くなりになる方も多い山。。
この槍の頂上に始めて登ったのは、播隆(ばんりゅう)という越中生まれの念仏僧なんですね。それは1828年のこと。それ以降、明治時代になってから日本アルプスの名付け親であるウィリアム・ガウランドが登頂(1878年)し、さらにはその後にウォルター・ウェストン(1892年)が登頂。
その時期から、四方から道が開かれるようになり槍ヶ岳を登る方が増えていったという歴史を持っているそうです。
この北アルプスは毎年のように死亡事故が起こるエリアであるように、標高が高い場所は何度の高い岩場や鎖場が多く転落事故が多発する場所。さらには、冬には遭難事故が毎年の風物詩のようにニュースで報じられてもいます。。
山は偉大で雄大ではあるものの、その自然の厳しさを教えてくれる場所でもあるので登山は入念な準備の下余裕を持つようにしましょうね!!ま、高尾山くらいだったら気楽に行けばいいと思いますが(*’▽’)
▲かつて青梅街道の難所だった大菩薩嶺
一番私が直近で登った山は大菩薩嶺ですね。この山も茅ヶ岳と同じ山梨県にある山で、かろうじて標高2,000mを越える山。かつては江戸と甲州を結ぶ街道にもなっていた山であるほか、赤軍派が宿泊していた福ちゃん荘という山荘も麓にあったりと、色々話のネタが多い山。
多分人生の中で、百名山全てを登ることは時間的に無理だとは思いますが、北海道の大雪山、屋久島の宮之浦岳など登ってみたい山もあるんですよね~~。今度、記事に絡めて登りに行こうかしら!!

おわりに

日本には16,667ほどの山があると言われています。日本の山といえば富士山だと思いますが、それ以外の山にも、そして日本百名山に含まれる各々の山などにはそれぞれの特色や景色があるものです。
皆さんも、いろいろな山に登ってその山独特の自然や景色を堪能してみてくださいな。そして、万一茅ヶ岳の登るようなことがありましたら、日本の登山会に大きく貢献した深田久弥終焉の地で彼の貢献を偲んでいただければと思いますm(__)m

参考文献

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詳細・地図

住所 山梨県韮崎市穂坂町柳平
駐車場 無料
アクセス 韮崎I.Cから車で10分ちょい
リンク https://www.yamakei-online.com/cl_record/detail.php?id=88103
備考 茅ヶ岳の登山時間は
上り:2時間
下り:1時間20分
くらいです。
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