蘇った吉原最後の料亭「金村」の歴史とは!?

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こんちわっす!

博物館を中心に、日本中の知られざるスポットを取材したブログ『知の冒険』。今回紹介するのは、吉原遊廓にあった料亭『金村』に関する記事になります!

この金村は、吉原最後の料亭として平成21年に閉業したものの、建物は解体されることもなく、今では「桜なべ 中江」の別館として残されているんですね!

今回は、そんな金村の建物を、中江の四代目のご主人さんに案内していただいたので、その辺を以下で紹介したいと思います~(*´▽`*)

本記事のポイント

・金村は、明治時代から100年近く続く老舗料亭だった
・現在は中江の別館として、一日一組の完全予約制で営業している
・吉田邸、歌舞伎座などに携わった吉田五十八による設計の建物

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吉原最後の料亭に、いざ潜入!

ということで、前回に引き続き今回も舞台は吉原遊廓跡になります!

「桜なべ 中江」本館の建物

前回の記事では、吉原遊廓跡のそばにある明治38年創業の老舗『桜なべ 中江』について紹介させていただきました(*´▽`*)

中江へは、ただ桜なべを食いに行ったわけではなく、中江が取材するイベントに参加させていただんですな。桜なべを頂いただけでなく、中江・さらには吉原の歴史などを、四代目のご主人さんから解説していただいたという大変貴重な機会だったわけです!

昭和31年に建てられた金村の建物

そしてそして、その中江のイベントでは、吉原を案内していただいた際に、吉原遊廓跡に建物がある現:中江の別館となっている料亭「金村」の建物も、一緒に案内していただいたんですね!!

ここ、普段は会員制かつ一日一組の完全予約制ですし、人数も4〜36名ということで、ここで食事するのにはちょっとハードルが高いんですよね。なので、今回この建物に入れるのは、私にとっては非常に貴重な機会だった訳です!

ということで、中に入って金村の歴史をいろいろ聞かせていただいたので、まずは「何で、この建物が中江の別館として使われているのか?」という点について、まとめていこうと思います〜( ̄▽ ̄)

なぜここが、中江の別館に?

料亭「金村」だった建物が、なぜ、今は中江の別館として使われているのか?

中江本館の一階は、こんな感じっす

前回の記事でも書いた明治38年創業の「桜なべ 中江」ですが、この建物は上の写真の様に、知らないお客さん同士が隣り合わせになって食事をする昔ながらの形式となっています。

ところが、常連の方からは「個室があれば自分たちだけでゆっくり食事が出来て楽しめるに…」という声が以前からあったみたいなんですね。。

平成21年に閉業した料亭「金村」

そう思っている所に、明治から100年以上続いた料亭である金村の建物が売りに出されることになりました。

女将さんが高齢ということで、2009(平成21)年に廃業したんですね。とはいえ、女将さんは、この建物は吉田五十八(よしだ・いそや)による設計という大変貴重な建物ということもあり、この建物を残してくれる方に買ってほしいと思っていたそうなんです。

とはいえ、壊してコインパーキングにしたいとか、コンビニを建てたいと考える方ばかりが声をかけてきたため、ずっと買い手に断りを入れていたそうです。

そんな中、上でも書いたようにここを個室のような形で中江が使いたいという話をしたら。女将さんからOKが出たんですって!

数年前まで残っていた連れ込み旅館の建物

女将さんも、そして吉原に携わる方々は、「吉原って昔の物がまるっきりなくなってしまった…」と寂しさを感じていたみたいなんですね。。そんなところに、「金村の建物をそのまま使いたいという中江からの要望であれば是非とも!」ということで、女将さんが喜んでくれたわけです。

そして、2009(平成21)年10月に、吉原最後の料亭である金村は中江の別館という形で蘇ったという訳なんですね〜!

そんな建物に入ると、早速こんな光景が広がってきます。一階は結構綺麗になっており、最近になって改修が加わっているんですかね、、昭和31年の建物とは思えない内装になってました。

入って右手にはこんなスペースがあるんですが、ここにはお店を訪れた著名人の方々のサインが展示されていました。

ちょっとブレちゃった・・

その中でも、誰もが知る有名人のサインとしては、こちらのタモリさんのですかね。「森田一義」って書いてますね!

タモリさんは10年ほど前、NHKの人気番組『ブラタモリ』で吉原編をやった際に訪問され、二階でロケをしたとのことです。

亡くなるまで中江を好んでいた内海桂子師匠

タモリさんのサインの上段に立て掛けられているこちらの色紙は、2020年8月に亡くなった内海桂子師匠が書かれたもの。師匠の実家が、吉原からほど近い本所の床屋だったそうです。床屋の職人さんに7歳の時に連れてこられ、80年もの歳月が経ってもまだ当時の店で食べられるのが嬉しいということで、亡くなるまでごひいきにしていたとのこと。

こちらの色紙は、金村がオープンした平成21年10月の初日に訪れて書かれたものとのこと。

こちらは、NHKの連続テレビ小説『なつぞら』に出演された方々のサインと、右に切れてますが土屋アンナさん主演の映画『さくらん』も、花魁がテーマでしたね。

江戸時代の吉原の地図

そんな色紙の中に、江戸時代の頃の吉原の地図もありました。区画としては現在とあまり変わりませんが、当時はどんな街並みが広がってたんでしょうかね。。

常連さんからいただいた吉原関連の書籍

あと、吉原とか遊廓とかその辺に関連する書籍もこうして展示されています。吉原などの歴史が好きな方だと、気になってパラパラ見たくなってしまうものばかり!

ってな感じで、金村の一階は展示スペースになっています。というのも、ここは一日一組の貸切りというシステムのため、客間は一室で良いわけですww

あとで紹介しますが、二階に少し大きめの客間があるので、一階はこうしたスペースに活用できるというわけっすね!

そしてです、上の写真の右側の壁には『吉原今昔図』が展示されていますが、この地図を使って、少しだけ金村・吉原の歴史について触れてみることにしましょう。

100年以上もの歴史があった金村

吉原神社で購入した『吉原今昔図』

館内にあった『吉原今昔図』ですが、こちらは近くにある吉原神社で購入することができます。明治、大正、昭和、平成の吉原の変遷が分かり、昔の写真もありつつ、吉原の歴史を紹介してくれているものっす。

金村について見てみると、一番左の明治27年の地図には記載されてないので、まだこの頃は創業前になるかと思いますが、、、

1923(大正12)年の吉原

そのお隣の大正12年を見てみると、記載があります。

どこにあるかわかりますかね??

今と同じ場所に軒を構えていたようです

どこって言っても、今と同じ場所にあるんですけどねww

この地図を見ると、赤と緑に色分けされているかと思いますが、赤色は妓楼(貸座敷)、つまり女郎さんがいて春を売る建物で、緑色は芸者をあげる料亭です。

吉原遊廓のエリアには、女郎さんがいる妓楼以外に料亭もあったんですね。そして、地図を見るとわかるように、料亭は真ん中の通りの両側に集中しているのがわかるかと思います。

これは、遊廓の中に入ってきたお客さんが、まずは料亭で飲み食いしながら芸者さんと遊び、その間に花魁(吉原遊廓で最も格の高い遊女)の方が準備をしていたそうです。準備が出来たら花魁が迎えに来るんですが、それが花魁道中というわけですね。

1993(平成5)年の吉原

そして、『吉原今昔図』に載っている一番新しい地図は1993(平成5)年なんですが、この頃になると吉原に残されている料亭は松葉屋、金村の二軒だけになってますね。。この時代になるとソー〇ランドが軒を連ね、そして今に至っているわけですが、こうした大人のお店も数を減らしているようで、、吉原の町はこれからどうなっていくんでしょうね。

昭和の頃に行われた花魁道中

金村には、吉原で行われた花魁道中の写真もありました。でも、この写真が撮られたのは昭和20年代とのこと。ほんまもんの花魁道中ではなく行事として行われたものです。

中江で使われていた半纏

こちらは、かつて中江で使われていたものの、古くなって使われなくなった半纏。

馬の置き物もありました

芸者遊びや落語会にも使われる客間

一階を簡単に紹介したところで、続いては二階の紹介になります!

二階には、こちらの客間が一つだけ用意されています。

本店の方とは異なり、こちらの金村は会員制であり、しかも完全予約制の一日一組のみの受け付けなんですね。

会員制といっても、敷居が高いというわけではなく一度本店の方で桜なべを召し上がったことがあれば会員になれるとのことです。さらに、複数人で行く場合はその中に一人でも会員がいればいいという感じっす。

詳しくは、以下のHPを見ていただければと思います!

さらに、金村には浅草の方から芸者さんを呼んで、いわゆるお座敷遊びを体験することも出来ます。もちろんそれなりな値段はしますが、とはいっても庶民の手に届かないほどの値段ではないので、一度体験してみたい方はぜひって感じです!

ぜひって言っても、私も体験してないんですけどね。。(;・∀・)

上の写真には高座が用意されているように、私が訪問した数日前には、ここで落語会も行われたとのことです。確かに、こうした料亭と落語は相性良さそうですよね!

あとは吉原商店会の関係者が主催するイベントの会場として使われたりなど、町の交流の場としても活用されているんですって!

有名建築家・吉田五十八の設計

そんな金村の建物は、1956(昭和31)年にリニューアルオープンした時からの建物ということなんですが、この建物を設計したのは有名建築家である吉田五十八(よしだ・いそや)とのこと。

有名と言っても、世間一般では知られてないと思いますけどね。。

この欄間?が大変独特で、下の方は木目を見せないために上から白く塗りつぶしています。

こちらの押し入れの扉も、何か独特ですよね。というのも、押し入れの扉は枠があるのが普通ですが、この建物ではあえてそれを見せないようにしています。

あとは襖だったり柱には角を作らないという特徴もありまして、こうした柱は、四つ角をとがらせないであえて削っているんですね。写真だと、ちょっと見にくいかもしれないっすけど。。

こうした造りが、吉田五十八独特のやり方なんだそうですが、さっきの欄間に関してはどこかで煮たようなのを見たことなるな~と思ってたんですよね!

御殿場にある東山旧岸邸

ということで思い出したのが、御殿場にある東山旧岸邸です。”岸”って誰かというと、あの元首相でA級戦犯にもなった岸信介です。安倍晋三元首相のおじいさんですね。

この建物は、今は一般開放されていて館内見学&説明も受けることが出来るんですが、ここでさっきの金村と似たような造りが見られるんですね。

例えばコレ!

さっきの欄間?と同じような造りですよね。吉田五十八は、この岸邸だけでなく、吉田邸(元首相である吉田茂の)、 銀座の歌舞伎座、成田山新勝寺の本堂など、様々な有名建築物を手がけた方っす!

あとはこうした床の間もあって、、

こちらは、今の中江の店主のおじいさんが描いた掛け軸がありました。おじいさん、レベル高ぇww

激ウマの桜鍋

という感じで、簡単にではありますが料亭「金村」の建物について紹介させていただきました。上の写真は中江で食べた桜なべですが、金村ではこの鍋をいただきながらお座敷遊びができるわけですよ〜〜!

興味ある方、是非行ってみてくださいね〜〜

おわりに

はい、以上になります!

前回に引き続き、今回は吉原最後の料亭『金村』を紹介させていただきました。

今回は金村の歴史と建物の内部を写真を用いて紹介しましたが、次こそはここでお座敷遊びを体験したいものです。令和になった今でも、いろんな場所に芸者さんがいてお座敷遊びを体験できる場所はあるんですよね。

予約は4~36名で受け付けられるとのことです。だれかここで皆で会食をする機会を作ってくれたら、私もしれっと参加しようかな~なんてね。。

とはいえ、さっきの部屋に36名は結構ぎゅうぎゅう詰めになる気がしますけどね・・(;・∀・)

参考文献

↓よければクリックをお願いします

詳細・地図

住所 東京都台東区日本堤1丁目9−2
営業時間 会員制、完全予約制で、1日1組一棟貸し切りの営業です。
※詳しくはHPをご参照ください
定休日 月曜日(祝日は営業)
※詳しくはHPをご参照ください
駐車場 なし
電話番号 03-3872-5398
アクセス 三ノ輪駅から徒歩10分ちょい。
JR南千住駅から徒歩15分ちょい。
リンク http://www.sakuranabe.com/kanemura/

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