知られざる激動史!A級戦犯七士の遺骨を守り抜いた興亜観音の今

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興亜観音は消滅の可能性もあった!

まだまだ、興亜観音に試練は続きます。興亜観音には今まで「興亜観音奉賛会」「興亜観音を守る会」という2つの護持団体がありました。しかし、興亜観音を守る会とは様々なトラブルがあったのです。
興亜観音を守る会が誕生したのは、平成6年のこと。発足当時はまだご存命だった元帝国陸軍の方など3,500名の会員がいました。この頃が興亜観音の最盛期だったようですが、会員の中には「ここは自分達がいれば良く、一般の方は来なくて良い」という考えの方も多く、一般の方がなかなか近づき難い雰囲気だったという。
そして、この興亜観音を守る会とは金銭トラブルが絶えなかったという。このお寺には七士の一人である東條英機元首相のお孫さんである東條由布子さんが度々訪問していました。しかし、興亜観音を守る会が政治団体へ資金を横流ししているという金銭疑惑があり、由布子さんと裁判沙汰にまで発展。結果は由布子さんが勝訴する形になったものの、興亜観音を守る会は由布子さんに対して興亜観音への出入り禁止を命じたという。
その他にもいくらかの金銭トラブルがあったが、平成20年に興亜観音を守る会が消滅するきっかけとなった大事件が発生したのです。
それは、興亜観音を守る会のメンバーの一人が企てた「興亜観音売却計画」でした。このメンバーは、中国共産党の工作員である男とつながりを持つスパイであり、A級戦犯の中で死刑となった七士を祀る興亜観音の消滅を図ったのです。
靖明さんが、当時の状況を細かく教えてくれました。
「あの時はね、『興亜観音の執事がお金を持ち逃げして住職が運営に困っている』という嘘をでっちあげられたんですよ。そしてね、ここの近くに世界救世教という宗教団体があるのですが、そこに伊丹家に何の断りもなく『伊丹家に頼まれたのだが、興亜観音が運営に困っているから、ここを安く買い取ってほしい』と言って興亜観音を売り飛ばそうとしたんですよ。お金を持ち逃げしたって、私ずっとここにいますからね」
真実ではなかったこともあり、興亜観音の売却は失敗に終わりました。その後、興亜観音を守る会の地位は失墜。事件前は1,600人いた会員は60人まで減ってしまい、最終的には平成23年に解散することになりました。
出入り禁止を命じていた興亜観音を守る会が解散をしたことで、由布子さんはその後、年に三度ほど訪れるようになったという。しかし、その後も由布子さんは別の件で金銭トラブルに巻き込まれたのです。

幻に終わった「東條英機記念館」計画!!

▲興亜観音に度々訪れていた東條由布子さん
東條英機元首相のお孫さんである東條由布子さんは、三ヶ根山で慰霊施設を運営していたほか、NPO法人を設立して遺骨収集なども行っていた方。そんな由布子さんはおじいさんの歴史を展示した「東條英機記念館」を作る計画を立てたとのこと。
そのための資金として、様々な方々に融資を募り最終的には2,000万円まで集めたようなのです。そして、実際に記念館を建てる場所も決めて準備をしていたわけです。
しかし、何と経理の方が寄付を募った方々のデータが入ったパソコンをぶっ壊してお金を奪ってシンガポール辺りに逃亡してしまったんだそうです。えっ、、嘘マジかよ・・。
結局資金が全部奪われてしまったので、記念館計画は中止。由布子さんは、寄付していただいた方々全員に謝りに行ったものの、寄付した方全員を覚えていたわけではないため、謝りに行けなかった方もいて、その方々からは「あいつは不条理な奴だ!」と思われてしまったそうです。
由布子さん。。興亜観音を守る会と裁判沙汰になったり資金を奪われたり、本当に大変な人生だったんですね。。

A級戦犯の遺族の方はほとんど訪れないという・・

▲上の写真の右側に置かれているのがパル判事の写真
興亜観音には、最近は若い方も多いという。著名人でいうと誰がここに参拝されたかと聞くと、まず出てきたのが「ラダ・ビノード・パール」という方。この方は、東京裁判における連合国側の裁判官の方で、唯一A級戦犯の方々に対して無罪を提唱した方。
パル判事という名前で歴史でも習っていたはずです。パル判事は、興亜観音に二度ほど訪問したことがあるという。二度目の訪問の時は、体の調子が優れなかったようでただただ合掌をして去って行ったという。
その他には、イエローハットの創業者である鍵山秀三郎さんも訪問にきたことがあるようです。
▲菊水会のメンバーの方々
A級戦犯七士の遺族の方は「菊水会」という遺族会を結成しました。戦後、彼らに対して世間の目は半端なく冷たかったそうです。
ここには、七士の方の奥さんも写っています。しかし、元内閣総理大臣である広田弘毅さんの奥さんは写っていません。奥さんは、巣鴨刑務所で夫が死刑執行される前に気負いなく亡くなって欲しいということで、死刑執行より前に鵠沼の自宅で自殺してしまったのです。
家にいても街を歩いても石を投げられることもあり、東條家の遺族では、学校で担任の先生が生徒として東條家の孫を持つことを嫌がり、クラスに入れなかったなんてこともあったそうです。そのような過去があったことから、あまりA級戦犯の遺族ということに関わりたくないということなのかもしれない。

住職の質素な生活に心を打たれ、共にお寺を守っていくことに

ここで、執事の靖明さんの背景を紹介していきたいと思います。
靖明さん夫婦は、もともとは35人ほどの職人を抱える土木建築関係の会社を経営していた経営者でした。様々な現場で作業を行い、1995年に発生した阪神淡路大震災では、震災発生から4日後にご遺体回収に向かったこともあったという。
▲興亜観音の入り口である急坂
興亜観音と関りをもったのは平成10年のこと。その当時、興亜観音では本堂周辺の足場などの老朽化のため、土木の業者に工事を依頼する必要があったのです。しかし現場は急な斜面を上がらなくてはいけないため、そこまで資材を運ぶことを地元の業者が嫌がったことから、たまたま靖明さんの会社に話が来たという。
「私は、最初住職をこらしめてやろうと思ったんです。この頃はお坊さんがテレビに出て金儲けしていたりで、お坊さんに対して良いイメージを持っていなかったものでね」
しかし妙浄さんとお会いしたときに、その思い込みとかけはなれていたことで衝撃を受けたという。洗濯をしている間は外に出られないような暮らしをしており、今の時代にしてはとてつもなく質素な暮らしをしていたのです。
「初めて住職に会ったときは本当に驚きました。こんな質素な生活をしている人が今の時代にいるのかって思いましたよ」
靖明さんはそんな妙浄さんの生活に衝撃を受けました。そして工事が済んだ後も、「あの、まだ直してほしいところがあるのですが」と妙浄さんから懇願されたことから、「これも何かの縁かもしれない」と思い、最終的に伊丹家に婿入りする形になったという。
「会社を経営していたときは、金儲けのことしか考えていませんでしたよ。でも、世の中にこういう生き方をしている方もいるのかと思うようになりまして。会社を解散して、持っていた外車も売ってしまったんですよ」
今現在、興亜観音の運営は全て奉賛会の寄付金で成り立っています。奉賛会の会員は200名ほどであり、今は寄付金だけで維持はできているようです。その他にも、周囲の方からの助けがあるようで、年に何度か参拝に来られる新潟県の方が定期的にお米を送ってくれるようで、食費もかなり助かっているとのこと。
住職は熱海市内などで法事を依頼されることもしばしばあるようですが、なんと移動費も含め費用は一切いただいていないとのこと。これは父の忍礼さんの教えによるものであり、今でもその教えを守っているのだという。
興亜観音は知名度も低く、特に宣伝も行っていないため訪問にくる方はごくわずか。最近では、インターネットで調べられるためか若い方がお見えになることも多いという。しかし、ここは観光地ではなくてあくまで慰霊施設。そのため、多くの方に知っていただくよう大々的に宣伝をしたいという考えはなく、参拝に来た方々に手厚く対応するという方針でこれからもお寺を維持し続けるという。

今現在、住職は何を思うのか

興亜観音では、5月18日に年間で一番大きな行事である例大祭が毎年行われ、終戦の日である8月15日には戦没者慰霊法要が行われる。例大祭の時には全国から参拝者が訪れ、2018年の例大祭には40名ほどの方が来られたという。
最後、妙浄さんに今までの興亜観音の歴史を振り返り、改めて今思うことを聞いてみました。色々な困難を乗り越えてきた妙浄さんの答えはただ一つ。
「私は食べるものに困らず、祀られている方々に祈りを捧げ平穏に生きられることが何よりの幸福でございます」
色々な試練はあったものの、妙浄さんの思いは変わらない。興亜観音が建立されてもうすぐ80年。設立当初から変わることなく、興亜観音を建立した松井大将、そして父の意思を受け継ぎ、住職は今日も慰霊の場として祀られている方々に祈りを捧げているのです。

おわりに

長くなりましたが、興亜観音はそんな感じのお寺です。住職の妙浄さんは本当に低姿勢な方で親切に対応してくれます。とても学び多き場所なのですが、やはりアクセスがちょっとね。。一応車でお寺の前まで行けるのですが、国道から山の斜面を登っていくにはそれなりにドラテクが必要ですし!!
興亜観音に関しては相当深掘りしてきましたが、これからも熱海方面を訪れる時は妙浄さんと靖明さんに挨拶しに行こうかなと!読者の方も、もし興亜観音の付近に行った際にはぜひ訪問してみてください!とても喜ばれると思いますよ( ´ ▽ ` )ノ

参考文献

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詳細・地図

住所 静岡県熱海市伊豆山1135
電話番号 0557-80-0738
アクセス 熱海駅から歩いて40分
リンク http://www.koakannon.org/
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