山奥に超急斜モノレール!東京の超秘境に位置する「重要文化財 小林家住宅」を調査した!

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築260年近くのウルトラ古民家「小林家住宅」

小林家住宅を案内してくださったのは、写真の手前に写っている檜原村のスタッフさん。もともと、新聞記者さんだったようです。この小林家住宅の背景から、今現在までに関して1時間近くにわたって説明してくださったので、その内容を以下に書き連ねていきます!!

住宅の改修には2億円以上かかった!!

▲小林家住宅の全貌
こちらが、小林家住宅。すんげえ山奥にありながらも、とっても立派な佇まい。詳しい誕生背景は資料に残っていないため明確ではないものの、築年数は260年近くにも及ぶそうです。年号にすると1858年ですか。日本が開港した頃ですね。
この住宅は今から8年前に大改修工事を行ったそうです。ただ、今現在ではこのような古民家に携われる職人さんがすんごく少ないため、それを行える専門の所に依頼したとのこと。7割くらいは当時のままのものを使っていますが、柱の下の方など腐っている箇所がありその辺は取り替えたようです。
ちなみにこの場所の標高は750m。スカイツリーのてっぺんより少し高い場所っすね( ;∀;)
▲富士山と阿蘇山の茅が使われている
上にかぶさっている屋根は茅葺(かやぶき)屋根になっています。この茅は、80%くらいが富士山の自衛隊の演習場、さらには20%を阿蘇山の麓から採集したものとのこと。そして、改修費は屋根だけで4000万円近くかかったそうです。

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そして、この家全体の改修費はなんと2億数千万円近くかかったという。。恐ろしい金額っすね。。そんだけの費用を檜原村が出すと、破産しちゃうんじゃないのって思うかもしれませんが、この建物は国の文化財。そのため、国が65%、東京都が25%出してくれるため、残りの10%ほどを檜原村が出したという。
▲木材をうまく組み合わせて出来ている
そして、この家は今のようなおうちの作りとは異なり、木の性質を生かしてその場の組み合わせで作っています。そのため、この家の設計図などはありません!!
家の作りが何百年ももつ作りになっており、年数が経てば経つほど、さらには地震などがあると組み合わさっている木がより締まるためその度に家の強度が増すのだという。梁なども曲がっておりとっても風情ある雰囲気!いや~昔の家って本当にいいっすな~。
昔の家は作りを見ているだけで面白いっす。ちなみに、「この家には釘は一本も使われておりません!!」って言いたいところですが、何か所では釘が打たれています(笑)
あ、釘が使われているといってもそれは8年前の改修作業の時に使用されたわけであって、昔は釘は使われていませんでした。ちなみに、使われている木材は下から運んだわけではなくこの辺で伐採した木を用いていたそうです。

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備長炭を売ってこの家は生活していた!

▲備長炭を運ぶために飼われていた馬の小屋
一体この山奥でこの家ではどのような暮らしを送っていたのか。世間とは完全に遮断されていて自給自足の生活でも送っていたのか??
とか思っていたのですが、違いました!この家は白炭、つまり備長炭を売りさばくことによって生計を立てていたようです。白炭とは、我々が普段バーベキューとか使う炭ではなく白炭つまりは備長炭を作っていたんですね。昔も備長炭の良さが知られていたようで、高い値段で売られていたそうです。
で、その白炭を五日市の方まで運んで売っていたそうなのですが、そこまでは基本的に馬に運ばせていたそうです。上の写真に写っているは馬小屋でござんす。なるほどね。では、一体どういったルートで五日市まで運んでいたのか??
そのルートをスタッフさんが地図を用いて説明してくれました。なので、この記事でも地図を用いて説明いたします!!
そのルートはこんな感じだったそうです。馬を使って五日市まで運ぶには、上の地図の赤いライン、つまり山の尾根伝いに歩いていたそうです。今現在ある道路は、昔は川が増水する危険があったため、距離的にはだいぶ大回りになるものの尾根伝いが安全とのことでこのルートを選んでいたそうです。
昔のは、麓にある藤倉のバス停の辺りには民家が8軒ほどあったそうですが、そのうちの7軒が川の氾濫によって流されてしまったとのこと。そんな背景があったそうで、家は高い場所に上がってきたそうで、こんな山の上に家を構えたのはそんな背景があったようなんですね。お寺の過去帳を見ると今の場所には寛保の頃に移ったらしいっす。
また、ルートは2つあったようで馬を使った場合と、それほど備長炭の量が多くない場合は梯子(はしご)を背負って歩いて向かったとのこと。それが青いルート。青いルートの途中には御前山という山があるのですが、その山が結構険しいため昔は馬が滑落することがあったそうなんすね。なので、歩く場合は青のルートで馬を使う場合は赤いルートを使っていたんだとか。
▲馬を使って五日市まで運ぶ際の尾根道
その、赤いルートの尾根は小林家住宅からも見ることができます。五日市へ備長炭を売りに行く際は、ここを朝早くに出て夕方には向こうに着き、その日は向こうに泊まる。そして、翌日の朝に次の市までの食料を買い込んで、朝から夕方にかけてここに戻ってくるという暮らし。
赤いルートと青いルートの所要時間はだいたい同じくらいだったそうです。ちなみに、赤いルートの一部であるこの尾根は、「甲州中道」と言われた旧道でもあり、旧甲州街道、甲州裏街道と共に、江戸と甲州を結ぶ主要な道でもあったそうですよ!!
では、ここからは建物の中に入について説明することにしましょう!!
その際には、スタッフの方からお茶と梅干しをいただきました。梅干しはここで採れたものらしく、そのまま食っても食える酸っぱさでした(*’▽’)

養蚕業は主要産業にならなかった

▲お蚕さんの道具も置かれていた
1859年に開港してから、日本は生糸が主要な輸出産業になりました。北関東や甲信越地方で幅広く生糸が生産されていまして、それは檜原村も同様でした。ということで、小林家住宅でも生糸(養蚕、おかいこさん)は行われていました。
今現在も建物内にはその道具が残っていて、上の写真の下の段に置かれているのは糸を巻き取る道具っす!!
ただし、この小林家住宅では生糸は主要産業にはなりませんでした。。というのも、この家では常に煙を炊いていたため、おかいこさんにとっては良い環境ではなかったためです。。
何で煙を炊いていたのかというと、屋根の茅や建物の木材を煙でコーティングするためでした。茅と木材で出来たこの建物では、煙を炊き続けてそれを浴びせ続け締まってくることで強度や賞味期限が増すのです。
茅に関しては、ただそのまま放置していると25年くらいしか持たないですが煙を浴びせ続けると50年くらいはもつんだそうですよ!!

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若い女性の接待部屋がある!?

▲役人が来るために用意された部屋
ここの家は組頭といわれていて、このような茅葺屋根の民家にはない部屋があるんですね。それがこちらの畳の間。ここは暮らしていた方が寝る部屋とかではなく、お代官様などの役人が来るときのための部屋なのだとか。
役人の方が来ると、昔は本来だと米を年貢として納めるわけです。ただしここでは米がとれないため、備長炭で売り上げた現金を渡していたそうなのだとか。さらには、、それだけでなく夜になると若い女性がいれば彼女たちが役人の方を接待していたり。
ん~そんな取引やら接待が行われていた部屋らしいっすよ!!
さらには、この家には様々な資料が展示されていました。この周辺は臨済宗を信仰していた家が多かったそうですが、小林家では真言宗を宗派としていたようです。その熱心さはかなりのものだったらしく、建物の中には高野山にお参りに行った時の資料が残っております。
さらには、お伊勢参りに行く途中の箱根関所での通行手形や、この小林家住宅が1978年に国の重要文化財に指定されたものもコピーですが展示してありますぞ!

少子高齢化がすさまじい檜原村の今

▲檜原村唯一の小学校
最後に、檜原村の現状も少し話してくれました。
檜原村は少子高齢化が激しく、小学校や中学校は30年ほど前は3学校ずつあったようですが今では学校は小中それぞれ一校ずつしか残っていないそうです。そもそも村には産業がないため、子供たちも大きくなったら街へ下りてしまうという。
周辺にはコンビニなどもなく、買い物をする時は都会へ下って行った先にあるイオンモールまで車で下りて買い物をするのだという。
▲1998年に閉校した数馬分校
村に唯一ある小学校ですら、今では一クラス5,6人だとのこと。さらにはお祭りの獅子舞ですら、獅子の役者がいなくなり本来は小学生が躍る演目をおっさんがやらなくてはいけなかったり。
東京都とは言えどもその端っこにある村ではそんな現状なんだそうで、小林家住宅の麓である藤倉という地区は限界集落と言われているようです。村の人口を調べてみると、1960年頃の6,000人から下降の一途をたどり、今現在の人口は2,000人ほど。
檜原村の未来は、なかなか厳しいようです。。

おわりに

▲帰り際に訪問した払沢の滝
檜原村は生まれて初めての訪問。改めて東京都にもこんな場所があったのかと思い知らされました。しかし、こんな山奥で生活していたとは。。
ちなみに、小林家住宅を訪問した日はたまたま近くの払沢の滝(ほっさわのたき)でお祭りがあったのでそこに寄って街を後にすることにしました。滝がライトアップされていたのですが、綺麗でしたよ(*’▽’)

参考文献

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詳細・地図

住所 東京都西多摩郡檜原村藤原4994
営業時間 04/01~10/31 10:00~16:00(夏期間)
11/01~03:31 10:00~15:00(冬期間)
※モノレールの運行時間は10:00~14:00(冬期間は13:00まで)になります
入館料 無料
休館日 毎週火曜日(休祝日の場合は翌日)及び年末年始
駐車場 無料
電話番号 042-598-1011
※モノレールの予約先は(090-5543-0750)になります。
アクセス JR武蔵五日市駅から車で50分ほど。
リンク http://www.vill.hinohara.tokyo.jp/cmsfiles/contents/0000000/490/ko.pdf
備考 モノレールをご利用の場合は必ず前日までに事前に予約をしてから訪問したほうがいいです。モノレールの乗り場ではKDDIの場合は電波が届かないため電話すらすることができません!!
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