神奈川県茅ケ崎市の発展に貢献した東洋一のサナトリウム「南湖院」に秘められた歴史とは!?

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南湖院を創設した高田畊安

では、続いては南湖院を創設した 高田畊安に関して学んでみることにしましょう!

南湖院は分院として建てられた

▲執務中の高田畊安
高田畊安(たかた・こうあん)は、1861(文久元)年8月19日に丹後国中筋村(現在の京都府舞鶴市)で増山守正(ますやま・もりまさ)、竹子(たけこ)の子として生まれました。母方が高田家であり、その医業を継ぐことで医者として期待されたそうです。
▲ベルツとその弟子たち
その後、畊安は京都の医学校を卒業した後、ドイツ人医師のベルツの下で西洋医学を学ぶべく東京へと向かったのです。というのも、当時は医学部を抱える大学は東京大学しかなかったこともあり、一流の学者である外科医のスクリパや内科医のベルツから医学を学ぶには東京大学に行くしかなかったんですね。
彼らのものとで臨床医学を学び、1889(明治22)年11月に大学を卒業。その後は、第一委員内科の助手となります。助手を務める最中、1890年にはコッホが発見した結核治療薬のツベルクリンの研究をも並行して行うことになります。
その後、畊安は東京の神田区鈴木町二番地(現在の千代田区神田駿河台)に東洋内科医院を1896(明治29)年に開設。患者はここで診断を受けて、その後南湖院にて療養するといそして、南湖院は東洋内科医院の分院として建てられたのです。

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特異な宗教観をもっていた

▲園内に建てられている高田畊安の碑
畊安は医学を学びながら、キリスト教信仰も深めていたクリスチャンでした。が、畊安は単なるキリスト教徒ではなく、神武天皇とキリストを同一視するという特異な信仰を唱えていました。それは園内にある高田畊安の碑にも痕跡が残されています。
碑を拡大してみると、、、赤く囲った枠に「神武天皇」と書かれていますよね!
信仰と医学が結び付き、畊安は様々な活動を行いました。明治期以降、クリスチャンが貧しい人たちのために診療所や孤児院を設立していったなか、畊安は「貧民救療会」という貧しい方でも診察所に通えるような会を設立しました。
また、東洋内科医院では日曜日に院内で職員らと礼拝を行ったり、南湖院でも毎週日曜日に患者さんに講話や説法などを行っていたそうです。

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高田畊安と徳富蘇峰

▲戦前のジャーナリズム界で活躍した徳富蘇峰
続いては、徳富蘇峰(とくとみ・そほう)との関係について。徳富蘇峰って皆さんご存じでしょうか?
ジャーナリストとして、明治から昭和まで、つまり幕末から戦前までの激動の時代を生き抜き、多くの著名人とも交流があった人物。ただし、彼は太平洋戦争に関して戦争推進派だったことからA級戦犯になり(高齢だったことなどで不起訴となり、東京裁判では裁かれていない)蘇峰の名は世に浸透しなくなりました。
▲畊安から徳富蘇峰に宛てられた書簡
そもそも、私が南湖院の存在を知ったのは神奈川県二宮町にある徳富蘇峰記念館を取材したときのこと。
記念館には、明治から昭和にかけて活躍した様々な著名人と蘇峰との文通が残されており、高田畊安の文通も展示されていたんですね!そんで、「茅ヶ崎には南湖院という東洋一のサナトリウムといわれる施設があった」と知り、今回取材しに来た流れになります。
蘇峰と畊安はどこでつながりがあったのか?確実な痕跡は残っていないそうですが、ただ、畊安のお兄さんの仲人も務めていたということで、それなりに親交は深かったのではないでしょうかね??
↓徳富蘇峰記念館については、以前に記事を書いたので載せておきます。

高田畊安と勝海舟

勝海舟は皆さん中学の社会科とかで習いましたかね!そんな勝海舟と高田畊安にも繋がりがあるのです。それは、園内にある高田畊安の碑の裏に書かれています。
裏を覗いてみると、、、
ね、勝海舟の文字が刻まれていますでしょ!これは何かというと、簡単な家系図みたいなやつです。一番下に刻まれている「高田畊安」が、畊安本人で、その左側の輝子(てるこ)が畊安の奥さんです。
で、見てわかる通り輝子さんのおじいさんが勝海舟なんですね。こういうとこで様々な偉人の繋がりがあるとわかるとテンションあがりますわ!ちなみに、勝海舟が親戚だったということもあって、南湖院の最初の患者さんは勝海舟の奥さんだったりという。

第一病舎はこれから一般公開へ!

▲数年後に公開する予定の第一病舎
そして現存している第一病舎は、後に公開する予定なのだという。南湖院に関する資料もたくさん残っているということで、その辺の展示も行われるとのこと。
▲第一病舎の内部はこんな感じ
今現在の内部はこんな感じ。今後の公開に関しては茅ケ崎市の財政の問題、さらにはこの建物の耐震補強をしたりなどまだまだ公開までにやることはたくさんあるそうです。数年でというわけにはいかないそうですが、計画自体は組まれているそうなので、あとは時期の問題ですね!
今現在は茅ヶ崎市民であっても、南湖院の存在は忘れられてきているとのことですが、バスツアーの方々が訪れたりと、来園者はちらほら見られるという。

おわりに

いや~神奈川県はかなり色々調べ尽くした感はあったんですが、探せばまだまだ知られざる物語はあるんですな!
南湖院は、上記で書いたように現在第一病舎は公開されていませんが今後は博物館として公開予定とのこと。また、平日の神奈川さんがいる日であれば今回のように南湖院の解説をしてもらえるので、気になるかたは事前に連絡しておくといいと思いますよ!
以上、南湖院の紹介でした~(^O^)

参考文献

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詳細・地図

住所 神奈川県茅ヶ崎市南湖7丁目12869−170
休園日 火・水・年末年始(12月28日~1月4日)
営業時間 4~10月 10:00~17:00
11~3月 10:00~16:30
駐車場 なし
電話番号 0467-82-1111
アクセス JR東海道線「茅ヶ崎駅」南口よりタクシーで約5分
南口よりバス(1番のりば)「仲町」下車 徒歩約7分
リンク http://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kouen/1006491/1017513.html
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