芸妓さんや力道山も利用!千葉県木更津市の歴史を物語るレトロ銭湯「人参湯」を取材した!

↑更新・取材裏情報はTwitterにて(^ ^)

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番台にも多くの物語が!

男湯と女湯の中間にある番台

続いて、話の話題は銭湯の中心にある番台に!この番台は、いわゆる銭湯に入浴してくるお客さんの会計をする場所。

銭湯を営業していた時は、もちろんご主人さんもこの番台には良く座っていたそうです。

番台に上がらせていただいた!

結構登るの大変でしたwww

ただ、この番台結構高かったっす。登るための階段も結構高さがえげつなくて、登るのに苦戦しました。が、逆に降りるほうが実は大変だったんですけどね。。

番台からの眺めは爽快

番台からの眺めは、本当に銭湯全体を見渡せる光景で爽快でした。ちょっと写真からはわかりづらいですが、この番台は本当に高いです!!

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番台は座布団を二枚敷けるだけの空間

番台には、小銭やお札を入れる入れ物、いわゆる今でいうレジや、銭湯で使うためのシャンプーや歯ブラシなどなどの小物が今でも置いてありました。昔は結構人が多かったということなので、番台に座るだけでも結構忙しかったんですかね。

暇なときは何してたんでしょうか。人間観察とか?(ただし、男湯にいる人に限るww)

歯ブラシは、プリングルスの容器を再利用ww

私も、プリングルスの中ではサワークリームオニオンの味が一番好きっすよ( ´ ▽ ` )ノ

シャンプーなどは未だ置かれたまま

番台の上部には、シャンプー、リンス、ボディソープがずらり。この辺は、固形の石鹸とかではなくて近代的なものが置かれていますね。これだけ見ると現役の銭湯な感じがします( ´ ▽ ` )ノ

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女湯も丸見えだけど大丈夫なん?

女湯も完全に丸見えなのだが

番台からは、男湯だけでなくもちろん女湯も丸見えです。ただ、これは今では考えられないですよね。だって、番台に男性が座ってたら女性の裸が丸見えなわけですから。

昔の日本も、銭湯は混浴が当たり前だった日本。しかし、開講によって欧米の文化が入ってくるとともに、外国人からしたら「湯船が混浴ってどういうことなんだ、日本は性に関して大まかすぎる!」ということで、

飲み屋街にはフィリピンやタイの店も多い

この銭湯には、日本人だけではなく白人や黒人の方も訪れ、さらにはフィリピンパブなどの店も近くの歓楽街にできたことで、フィリピン人女性もよくやってきたそうです。が、彼女は着替える際に番台が気になりひたすら指を差していたとのこと。

つまり、いくら銭湯の構造がそうなっていたとしても男性に裸を見られるのが嫌だったんですね。若い女性なんかは、日本人でも気にする方が多かったようで、それはもう銭湯に入ってきた時の様子でご主人もわかるのだという。

その時はもう番台を降りてしまうんだとか。

お相撲さんで銭湯を貸し切りに!

ジャンプすれば覗けるな(笑)

「木更津にはお相撲さんが良く巡業に来ていたんですよ。」

ということで、ここにはたくさんの力士も訪れたのこと。その中には、初代若乃花(若乃花幹士(わかのはな・かんじ))、貴ノ花利彰(たかのはな・としあき)もきたとこがあるという。あとは、相撲時代の力道山も( ´ ▽ ` )ノ

お相撲さんが巡業でこの銭湯に来るときは、お相撲さんがみんなで来店されるということで銭湯を貸し切りにしていたという。当時のお金で8万円(多分この8万円は銭湯が営業していた末期の頃だと思います)で貸し切っていたそうで、伝票にもその記録が残っているという。

さらには、安岡力也さんも9年ほど前に来たことがあるとのこと。そのときご主人はすぐには力也さんだとわからなかったため、「すごい刺青を入れたヤクザの親分が来たな〜」と思ったそうだが、お客さんが「あの人は安岡力也だよ!」と教えてくれたという。

子分は派手な赤色の刺青、安岡力也は昔風の貫禄ある刺青。足が悪くて、子分に支えてもらって銭湯に入っていたらしいです。あとは中尾彬もよく来ていたとか。。

さらには、ここは木更津を代表する歓楽街。そんなこともあり、ヤクザの方々もこの銭湯を利用されたという。 ヤクザの方々に関するエピソードに関しても御主人は教えてくれました。

「ヤクザの方々もここに来ましたよ。親分なんかは小麦色の肌で貫禄があるわけですよ。でもね、親分は刺青しないの。刺青は子分が入れるのね。」

ヤクザの親分には釣り銭を渡すべからず・・

「 あとね~、彼らは見栄を張るんだよ。ヤクザの親分が銭湯に来た時、釣り銭を渡すとすごい剣幕で睨まれたの。それが最初は何でなのかわからなかったのね。子分が言うには、『釣り銭なんかいらん!』ということらしいよ。」

「その親分はね、木更津の海岸で人を刺し殺したことがあったようでさ。お客さんがあとで教えてくれた(笑)」

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当時の大福帳だって残ってるんだぜ!

昭和9年の時代の大福帳

その他にはこんなものも見せていただきました。こちらは「月留帳」と書いてありますが、いわゆる売買の勘定を記す大福帳です。

すごいな~なんか触るのも少し躊躇してしまいますわ。このさわり心地、さらに茶色に変色した様子を見ると時代を感じますわ!!

1934(昭和9)年の時代であるため、料金の箇所には「一円」「七十銭」など当時の価格で書かれています。

そして名前の列には「チンドン屋」「おいも屋」といった、花街であることを匂わせたりする名前も散見されました。

古い銭湯でよく見るマッサージ機

このマッサージ機は、昔の銭湯でよくみかけるやつ。今でも電気を通せば使えるんだそうですよ。なんかすごい痛そう(笑)

晩年の入浴料金

こちらは平成18年に告示された料金表。この銭湯は一般公衆浴場なので、都道府県知事が指定した統制額が入浴料金になります。当時の千葉県の料金表は上の通り。

ただ、2019年2月現在では2014(平成26)年4月1日に料金が改定されたのでその時の料金が使われています。と言っても、大人が430円に変わっただけなんですけどね。消費税が5%→8%になったことによる料金引き上げだったそうです。

トイレはボットン便所っす

あと、別にこれは載せなくてもいいとは思ったのですがトイレ(笑)

水洗トイレではなくボットン便所です。そして、スリッパが片方ありませんが、残念ながら便器の中に落っこちてしまったとのこと( ;∀;)

食べながら見ていたのであれば、ごめんなさいね(笑)

以上で、銭湯に関しての説明は一通り終了!

だが、まだ裏にもいろいろあるということで、今度は銭湯の裏に回ってみました!

銭湯の裏側はカオス空間になっていた!

ご主人は自転車で移動ww

銭湯をたんまりと見せていただいたわけですが、まだこれだけではなく裏にも多少ながら見所があるという。そんなわけで、人参湯の裏にも案内していただきました( ´ ▽ ` )ノ

いや〜いたせりつくせりで、ご主人さんにはほんま頭が上がらないですわm(_ _)m

色ガラスが残る置屋だった建物も!

大正時代に立てられた芸妓さんの置屋

銭湯の裏には、元々は芸妓さんの置屋だった建物もありました。この建物は、大正時代に建てられたものだという。今では、ご主人さんが管理している建物となっているそうです。二階は、昔は芸妓さんがスタンバッている部屋がいくらかあったものの、今は改装してかつての面影はないとのこと。。

ただ、入り口には大正建築の名残といえるものが残っています!!

入り口上部にはめ込まれた色ガラス

それが、コレ!!

うわー凄い!入り口の上部には、緑、赤、黄色の三色の色ガラスが使われています。この作りは、まさに昔の建築物といえる作り。

今の建物とは違って、昔の建物には様々なところに職人の遊び心が隠されたりしています。この色ガラス自体にはなんお合理性もなく、色合いも多分職人さんの好みなんだと思います。関東地方には昔の建物は大変少ないためこのような光景はなかなか見れないとは思いますが、関西地方では探せば見れる場所は関東より多いかと思います。

その例が、奈良県の木辻遊郭跡にある元遊郭だった旅館『静観荘』。

↓以前に取材した時には、昔の建物に関して色々と取材させていただいたので、よければこちらもどうぞm(_ _)m

ボイラー室にはレコードが散乱ww

置屋を見た後は、銭湯の裏にあるボイラー室も見せていただけることに。この扉、鬼のように大きな扉でした(° _° )

うお〜〜ここも結構すごい。というか色々ものが置かれていて結構カオスな空間となっておりますぞ!!

そしてこちらがボイラー。下の赤く突き出たものを開いて、そこから木をバンバン投入して銭湯のお湯を温めていたそうです。

「浴場用横型温木ボイラー」と書かれていますね。名称は「宮本式」なんだそうで、宮本鐵工所という所で作られたそうです。こういう銭湯のボイラーってのは大手ではなく、小さな老舗の会社が作っていたとかなのでしょうか??

あんまメーカー事情とかは詳しくないので、この辺はあまり話のネタを広げることはできず・・。

ただ、製作年月が平成11(1999)年ということで、思ったより新しかった!!

ここにもレコードが積み重なっていた・・

そしてここでも昔のレコードが積み重なっていました。これだけでなく、ビデオテープとかもね。何でここにレコードがあるんだ??

ボイラー室の屋根は、強風の時に吹っ飛んでしまったらしい・・。この建物、千葉に大型地震が来たら倒壊したりしないだろうか・・。

おわりに

まだ当分は取り壊されないようだ

昔の建物はどんどん取り壊され、古き良き面影を感じることができる建物は本当に少なくなった昨今。最後に、今後この銭湯は取り壊されるのかどうかに関してご主人さんに伺いました。

その答えは、、

「今のところは取り壊す予定はないですよ。この銭湯には情があってね。。」

とのことでした。

そして、「今後、もし木更津に来ることがあったら私のところに寄ってください。多分いつもいると思いますから!!」と、主人のご自宅を教えていただき、取材したこの日はこれで解散となりました。

思わぬ出会いから、二時間近くにわたって人参湯の様々な思い出話を語ってくれたご主人さん。まだ私も千葉県に関しては色々と調べたいことがたくさんあるので、木更津方面に来たらちょくちょく顔を出そうかな!!

知の冒険を始めて4年が経ちます。日本全国を約1,500スポット近くを取材してきましたが、一番の思い出は現地の方といろいろなことを話したこと。年齢や世代関係なく、時には世間話や全然関係ない趣味の話などなど、その一つ一つの出会いが大切な宝物となっていく。

こんな拙(つたな)いブログながらも、少しでも多くの人に世の中の表に出ない知られざる世界を知っていただければ本当に幸いです。ということで、ちょっと感傷的になってしまいましたが、以上、人参湯の記事でした!

参考文献

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詳細・地図

住所 和歌山県和歌山市新雑賀町
営業時間 すでに閉業しています。。
駐車場 安いコインパーキングがたくさんあります
アクセス JR木更津駅から徒歩10分程度

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