世界初の協同組合を作るも、無念の最期を遂げた偉人を学びに「大原幽学記念館」を訪問した!

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幽学への入門者が集う「改心楼」を建設

幽学の教えによって村人の生活が改善されていったことで、長部村にはその噂が広まり、入門者が増加していきます。すると、幽学の居宅だけでは狭くなってしまい門人たちは新しく稽古場を新築することになりました。
これが「改心楼(かいしんろう)」です。
▲改心楼の跡地
およそ70畳もの広さをもち、長部村だけではなく近くの農村からも多くの人が押し寄せ、多いときで400人近くの人が集まったそうです。改心楼建設のための労働は全て門人たちの奉仕によるもので、木材の一部を寄付し、建築費も負担したとこのと。
しかし、この改心楼を建設したことで、幽学の人生は予期せぬ方向へ向かうことになるのです。。

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改革を続けたことで幕府に睨まれた

改心楼には300人近い方が押し寄せ、幽学の性学などに関する講話が行われていました。しかし、高台にある大きな建物に300人近い人間が出入りしているということで、「戦の準備をしているのではないか?」などを疑われてしまい、幕府に目をつけられてしまうのです。
1852(嘉永5)年、博徒5人が改心楼に押し入ったのです。この5人は関東取締出役の手先をつとめる者たちでした。この事件は、幽学の教えに反感を抱いた役人と博徒が企んだものでした。この事件がきっかけとなり、幽学は幕府の取り調べを受けることになってしまいます。
関東取締出役とは、浪人や博徒などを取り締まる移動警察のことで「八州廻り」ともいわれていました。村の造成や改心楼の建設など長部村で目立った活動をしていた幽学は、この対象になったと考えられました。
当時の博徒によって、農民からの博奕(ばくち)による収入は、重要な資金源でした。しかし、性学の運動が普及することにより、博奕と通が姿をひそめたため、博徒はかなりの痛手を受けたようです。そのため、博徒は因縁をつける機会を伺ったと思われます。。

無念の切腹自殺でこの世を去ることに・・

取り調べは長期にわたり、関東取締出役に続き、幕府勘定奉行所でも行われ、幽学と門人はたびたび江戸へも赴いています。1857(安政4)年、6年に及ぶ裁判の結果、以下の判決が決まります。
裁判で決まった判決
1. 改心楼の取り壊し
2. 先祖株組合の解散
3. 幽学百日の押し込め
押し込めの刑期を終え、長部村に戻った幽学は、変わり果てた村の様子にショックを受けました。幽学が世界で初めて誕生させた株組合は解散し、講話を行っていた改心楼は取り壊されてしまい、長部村の住民もすっかり元の荒れた生活に戻っていたのです。。
▲切腹の際に使われた刀
今まで築き上げてきた功績が消え去ってしまったことに絶望したのか、1858(安政5)年3月8日未明、集落の墓地で武士の作法に従い切腹自殺を遂げました。このとき、幽学62歳。自刃に用いた短刀には「難舎者義也(すてがたきはぎなり)」の文字が刻まれています。
▲幽学が残した書置(遺書)
幽学は、自分の進んだ道のむなしさと、門人たちに迷惑をかけたことに心を痛ませ、判決の下る前に自殺の決意をしていたようです。これはレプリカですが、記念館には友に残した書置(遺書)も展示してありました。

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記念館を出る前に、係りの方と少し話をしました。全国レベルでは知られていないかもしれませんが、市民の方の知名度は高いようで、市内の小学生も授業の一環で本館に訪れるのだという。
幽学は自殺してしまったわけですが、没後は幽学の遺志を継いだ門人たちが活動を継続していったのです。そして今も「財団法人 八石性理学会」として幽学の意志を次いでいるのです。記念館で所蔵している幽学関連の資料、旧宅を含む遺跡はこの八石性理学会によって維持されてきたとのこと。
170年前に耕地整理された田んぼは今もその作りを残しており、米作りの交流事業が今でもここで行われているとのこと。悲しい人生でしたが、地元ではその生きた証は生き続けているわけですね!!よかったよかった(*’▽’)

おわりに

長部村で様々な改革を行った大原幽学。村民の生活に大きく貢献したものの、その行動によって幕府に目を付けられる形になってしまい、最後は自決してこの世を去ることになった何とも悲しき人生。
なんか、記念館を見終えても何とも言えない気持ちになりました。。
まさに出る杭は打たれるとはこのことなのでしょうか。。才能がある人でも、他人から足を引っ張られるというのは今に限ったわけでなく、幽学が生きていた幕末の頃もあったんですね。世の中が便利になったり生活環境が変わっても、人間自体は昔からそんなに変わっていないのかもしれませんね。。
以上、マイナーな博物館である「大原幽学記念館」の紹介でした(*’▽’)

参考文献

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詳細・地図

住所 千葉県旭市長部345−2
営業時間 09:00-16:30
入館料 300円
休館日 月曜、祝日の翌日、年末年始
駐車場 無料
電話番号 0479-68-4933
アクセス 旭駅から車で15分ほど
リンク http://www.city.asahi.chiba.jp/yugaku/
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