突然の脱サラを経て喫茶店を開業!世田谷邪宗門が歩んだ60年の軌跡に迫る!

↑更新・取材裏情報はTwitterにて(^ ^)

こんにちわ!

今回紹介するのは、東京の世田谷にある『世田谷邪宗門』という喫茶店になります。

でもでも、ただの喫茶店ではありません。周辺にお店がほとんど見当たらない住宅地にありながらも、薄暗い店内にはたくさんのランプや古時計、さらには隠れキリシタンに関するものなど、たくさんの骨董品が並ぶ異世界な雰囲気が広がってるんですね!!

しかも、ご主人さんがマジックを見せてくれることもあったり、ジュークボックスで美空ひばりの曲が聴けるなど、とにかくネタが豊富な喫茶店!

一体、世田谷邪宗門とはどんな喫茶店なのか?

以下で紹介しますね〜〜( ^ω^ )

本記事のポイント

・安定企業を捨て、突然の喫茶店開業!
・多くの常連さん、そしてアニメファンにも支えられている
・奥の茶室には美空ひばり愛が溢れている

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住宅街にポツンと喫茶店

住宅街にポツンと佇む、世田谷邪宗門。

とはいえ、パッと見は喫茶店には見えなくないですか??( ^ω^ 😉

まぁ、赤いテントがあるのにお店には見えるかもですが、下調べをしてなければ何の店なのか分かりずらいようにも見えます。

インコであってます??

ちなみに、この店には二回訪問したんですが、最初に訪問した時は鳥がいましたww

入り口が狭いのもあえてなんすよ!

一度入店すると、ここはめちゃくちゃフレンドリーで初見の客でも馴染める客だとわかるんですが、初めて入るにはお店の中も見えないし、結構勇気がいるかもしれません。。

ではでは、入店してみることにしましょ〜〜

お〜〜〜〜凄い!

中はこんなにノスタルジックで摩訶不思議な空間となってるわけですが、外観からは想像もできない光景ですよね。

門主の作道明(さくみち・あきら)さん

そして、このお店の門主 (邪宗門では、店主のことを門主といいます)は、私が取材した2024年で90歳になる作道明さん。

今回は、私が普段記事を書かせていただいているBuisiness Insiderの取材でいろいろお話を聞かせていただいたので、以下の記事も見ていただきたいのですが、今回のブログではもっといろんな話を自由に書き連ねているので、その辺を以下で書いていきますね!!

コーヒーとマジックに惹かれ脱サラ

では、まずは作道さんの人生から紹介していきたいと思います!

作道さんは1934(昭和9)年に、富山県高岡市にて生を受けました。

高岡といえば、”鋳物のまち”と言われ昔ながらの街並みが広がる金屋町があるなどの特徴的な町ではありますが、作道さんの実家は駅前で呉服屋を営んでいたそうです。

でも、作道さんは実家は継がずに集団就職によって東京に出ていくことになります。

というのも、デパートでお馴染みの丸井の創業者が富山出身であり、同じ富山生まれの方は募集も多く作道さんもそれを機に丸井に就職することになったとのことです。

そして高岡駅から上野駅まで、北陸本線などの鉄道を乗り継いで13時間をかけて東京へと向かったんですね。

丸井は元々家具屋から始まりましたが、ご主人さんが就職した時は総合デパートの道へを歩み始め、作道さんはデパートの店員として働き始めます。この時代は高度経済成長期に突入し、デパートは現代とは違って成長著しい業態でした。

開店から閉店まで、1日の労働時間がめちゃくちゃ長くはあったものの、給料は良く、ボーナスも年に4回出るなど給料も面も申し分なかったそうです。

し、か、し、、

休みの日に、デパートにあるおもちゃ売り場に行ったことが、作道さんの運命を大きく変えることになりました!!

店内にあった初代・引田天功さんのポスター

デパートのおもちゃ売り場に行くとたくさんの手品グッズが売られており、そこでまだ有名になる前の初代・引田天功さんが手品の実演販売をしていたそうです。

その手品を実演する姿に見惚れた作道さんは、手品グッズを購入しては自宅で練習を繰り返すことに!

とはいえ、ちょっと好きになったというレベルにはとどまらず、何度もたくさんの手品を購入しては家で練習するという日々。よく買いに来ることもあり、時には天功さんからマジックを直々に教えてくれることにもなったという。

それだけマジックにハマった作道さんの様子を見て、天功さんから

「それだけマジックが好きなのであれば、邪宗門という喫茶店に行ってみてはどうですか?」

と声をかけられることになる。

そして、作道さんは東京の国立にある邪宗門へと足を運んだのでした。

全国に8店舗あった邪宗門ブランド

邪宗門とは、全国に8店舗あったブランドの店のこと。

その開祖といえる方が、名和孝年(なわ・たかとし)さんという人物でした。

名和さんは、元々海軍に所属していました。

戦前は、上海や大連などの港に寄港すると、日本人のいる場所には喫茶店がよくあり、そうしたお店に出港までコーヒーを飲んだりしていたそうです。そうしたお店は、照明は暗めで外への開口部も少ない。

名和さんはそうした雰囲気を理想としていたことから、終戦後、戦前に立ち寄った喫茶店の雰囲気を取り込む形で邪宗門のお店を開店したわけです。

世田谷邪宗門含め、暖簾分けした邪宗門の店では、そうした雰囲気を踏襲しています。

入り口が狭いなどの特徴が詰まった国立邪宗門の外観

入り口の扉は狭く、薄暗い店内にはたくさんの骨董品が並べられている。

そして、日本人離れをした高身長で軽快にマジックを披露する名和さんの姿に魅了される人が続出。しまいには、名和さんにインスパイアされた方の中で「自分も名和さんみたいに喫茶店を開きたいです!」という人も現れ、”邪宗門”というブランド名を引き継いで、色んな方がお店を開店したのです。

しかし、邪宗門の看板を引き継ぐにはいくつかの条件がありました。

四つのコーヒー豆を取り入れた邪宗門ブランド

お店の雰囲気は、国立邪宗門のように薄暗くたくさんの骨董品を置くこと。お店のメニューは基本コーヒーのみで、カウンターは無し。そして門主はマジックを披露できるようにすること。

喫茶店は回転率も悪いし、その上、コーヒーがメインであれば、ぶっちゃけ儲からない。。

でも、それが出店の条件であり、お店を出したいと言った時は「儲からないですけど、それでも大丈夫ですか?」とも声をかけられたそうです。

邪宗門ってどんな店?
・お店の入り口が狭い
・カウンターは無し
・メインの食い物料理も無し
・基本はコーヒーのみ
・邪宗門ブランドのコーヒーを提供
・マジックができなくてはいけない

そうした条件でも出店をしたいという方が次々現れ、名和さんが経営していた国立店を中心に、荻窪、世田谷、久我山、桜ヶ丘、鎌倉(後に小田原に移転)、下田、石打と邪宗門ブランドは展開されていきました。

左から二番目が作道さん

昔はお店同士のつながりも多く、ご主人さんたちがご存命の時は、こうして年に一回は集まっていたそうですよ!

維納珈琲は”ウィーンコーヒー”と読むんですね

でも、ご主人さん達も高齢になり、今残っているのは世田谷、荻窪、高岡(富山)、下田(静岡)、石打(新潟)のみ。

後継ぎの方がいらっしゃればまだコレからも続くことはあるかもですが、邪宗門は儲からない形態もでありますし、なかなかそれは難しいかもしれないですね。

世田谷も、今は作道さんの息子さんの奥さんがお店を継いでくれているそうですが、そのあとはどうするかは決まっていないとのこと。。

あと、ググって知ったのですが邪宗門ブランドのHPもあるんですね。

ここに、いろんな邪宗門のお店の写真とか、閉店情報とかそういうのも掲載してました。今はどなたが管理してるんでしょうかね??

60年続いたのは常連さんのおかげ

引田天功さんの影響でマジックにハマり、国立邪宗門に通うようになると名和さんとの出会いによってコーヒーにもハマった作道さん。

いろんな場所でマジックを披露していた作道さん

丸井での仕事が忙しい中、合間を縫ってはマジックの練習をしたり邪宗門を訪問するようになると、自分も名和さんのように喫茶店を開き、そして練習しているマジックを披露したくてしょうがなくなってしまった。

そしてついには、奥さんに

「丸井を辞めて、喫茶店をひらく!!」

と決意表明!!

しかし、奥さんにとってはまさに青天の霹靂Σ੧(❛□❛✿)

成長著しい丸井を辞めるというのもだし、さらには喫茶店を開きたいと言った時期は、二人目の子供がお腹にいる時だったみたいなんですよね。

でも、一度決めるともう揺るがない作道さんに、奥さんが折れる形で喫茶店を開店。

昔は邪宗門の隣に、このような幕があった

結婚して二人で住んでいた建物を二階建てにし、一階を喫茶店、二階を住まいにする形で1960(昭和35)年に喫茶店を開店。

でも、ここは周辺にお店の少ない住宅地ということもあり、始めはお客さんも数組のみ。。奥さんも「2,3年で閉めるだろう」と思っていたそうです。

でも、喫茶店に見えない外観ということもあり、近所の方の中には美容院だとも思われていたそうですが、近所にも「珍しい内観の喫茶店があるみたいよ!」という口コミも広まり、徐々に常連さんが増えはじめる。

また、開店して2,3年が経ったときには行列ができるようになり、お店の外に椅子を用意するなんてこともあったそうです。

とはいうものの、一番ありがたいのは毎日のように常連さんが来てくれたこと。中には朝と昼過ぎ、一日に2回来店する方もおり、まさにここが地域の方の交流の場となってたわけですね。

そのため、世の中の経済的な動きや、近年の新型コロナウイルス騒ぎも乗り越えることが出来たようです。

常連さんは朝と昼過ぎに毎日のように来店されるため、お昼あたりの時間は割と空いてるとのこと。

なので、作道さんやお店の方と色々話をしたい場合は、お昼ごろに訪れるのが良いかもしれないですね。

人気アニメの聖地にもなってるヨ

たくさんの常連さんに支えられている世田谷邪宗門。

でもでも、それ以外にもここには多くのお客さんが訪れているようで、その一つが文豪の方。世田谷には三好達治や坂口安吾など多くの作家が住んでいた町でもあり、萩原朔太郎、吉本ばなななどは世田谷邪宗門の常連でした。

その中でも、一番の常連さんが森茉莉(もり・まり)さん。陸軍軍医で小説家でもある森鴎外の娘さんですね。

写真の左のテーブルが森茉莉さんの定位置

この席に座っては、いつも原稿を書いていたり、昼寝をすることもあったり、あとは編集者の方とここで打ち合わせをしたり。そんな感じで、近くに住んでた時は毎日のようにこの店を利用していました。

彼女は、パン屋さんで買ってきたパンやバターを持ち込んでは、「バター、冷蔵庫に入れておいてもらえますか?」ともいってたように、冷蔵庫には彼女専用のバターも置いてあったそうです。

でも、パンの持ち込みは本当はダメ。。でも、特例で許可していたとか。

そんな彼女がよく飲んでいたのが、こちらの紅茶。

今では、「森茉莉ティー」という世田谷邪宗門の人気メニューともなっていて、私も最初に訪問した時はこちらを堪能させていただきました( ^ω^ )

ティーカップがめちゃくちゃオサレ

あとは、アニメ『境界の彼方』の聖地にもなっていることから、アニメファンも訪れるとのことです。

私はアニメは『こち亀』か『忍空』くらいしか見ないのでマジで詳しくはないんですが、確かに検索すると色んなブログが出てきます。上のブログなどでアニメの映像と見比べてみると、ここをモデルにしたのは間違いないとわかります。

ということで、このアニメが好きな方がやって来ることも多く、中にはコスプレをしてくる方もいるとか。

さらには、観光バスでやってきて20人以上やってきては、アニメのシーンと同じように皆があんみつを頼むみたいなこともあったりということで、改めてアニメの影響力の凄さを思い知らされる話ですね!

お店のノートにも、アニメファンの書き込みがたくさん!

ここには、他の店でもよく見られる感想ノートがあるんですが、ここにもアニメファンお方々の書き込みが多々見られます。中には、アニメに登場するキャラまで書き上げてしまう強者も!!

奥の座敷は、ひばりワールド全開

奥の茶室は、一風変わった雰囲気に!

こちらも客席ではあるんですが、奥さんや長男さんの趣味が詰まった独特な空間となっております。

この部屋に展示されているものの多くが、ひばりさん関連。

ひばりさんの写真にテレフォンカードやライブのチケット、さらにはCDに出演映画のVHSなどなど、ちょっとした美空ひばり資料館とも言えるのではという空間が広がっています!

ひばりさん直筆のサイン

というのも、これは奥さんがひばりさんの大ファンゆえ。ファンどころか、ファンクラブにも入ってコンサートの手伝いをしていたということで、本人曰は”ファン”というよりかは”応援団”とのこと!

コンサートの時は必ず足を運び、ファンクラブ同士の交流もあるなど、ひばりさんがご存命の時はひたすらひばりさんを応援し続けていたそうです。

52歳の若さで亡くなったのが悔やまれます

しかし、多忙を極めておりひばりさんは、1989(平成元)年に52歳の若さで亡くなってしまいます。

ひばりさんが亡くなったあと、知り合いのひばりファンなどから「あのひばりさんの写真を見たいんだけどもってるかしら?」というような声が多くなったことから、この茶室に展示するようになったそうです。

VHS久々に見たな・・

あと、この茶室の中でも特に注目したいのが、こちらのジュークボックス🎵

昔はいろんなお店で見られたものの、現在も昔ながらのバーで見られたりしますね。

横浜だと、パブレストラン・アポロ、Bar stardust、クライスラー、東京でも置いてある店はあるとは思いますが、ここ以外はパッと思いつかないや・・( ・∇・;)

世田谷邪宗門にあるこちらのジュークボックスは、国立邪宗門から譲ってもらったか名和さん経由で手に入れたか、そんな感じで手に入れたと聞きました(←あやふやですんません・・)。

聴きたいですと言ったら、OKしてくれたーー

ただ、ジュークボックスはいつでも聴けるわけではなく、作道さんに電源を入れてもらう必要があります。

東京キッド、愛燦燦、川の流れのように、。

入ってる曲の多くがひばりさんの曲であり、たくさんの名曲を聴かせていただきました。パソコンやスマートフォンで聴くのとは違い、レコードのプツプツという音が時代を感じてすんごく癒されます!

訪問した方は、ぜひこの場所でジュークボックスを堪能していただきたいです(*’▽’)

作道さんと一緒に、ひばりさんの曲を聴きましたー♬

作道さんは癌の手術もあり体調を崩していた時期はあったものの、私が訪問した2024年の夏頃はとても元気そうでした!

取材のさなか、奥さんが「喫茶店をやってて一番良かったのは、お父さんが長生きしてくれたことです。サラリーマンを続けてたら、今みたいに元気ではいられなかったと思います。」といってましたが、確かにサラリーマンは安定はしてるかもしれませんがプレッシャーを感じることは多いですし、寿命減らしそうですもんね。。

飲食店だってお店を続けていくのも難しいとは思いますが、この商売が作道さんには相性が良かったのかもしれないですね!

あと、苔アートも見られるんですが、こちらは作道さんの長男さんの趣味とのこと!

奥さんの趣味や長男さんの趣味が垣間見える、お店というか他所の方の自宅にいるような感覚をも覚えますww

色々と世田谷邪宗門について紹介しましたが、最後に店内のカオスな雰囲気をひたすら紹介していきたいと思います( ´ ▽ ` )

めちゃくちゃカオスな邪宗門ワールド

最後に、館内のひたすらカオスな雰囲気を写真を通して味わっていただければと思います!

天井にはたくさんの照明があると思えば、、

仏像の頭が四連発で並んでいたり、、

壁には、本物の火縄銃!!

あと、500発の銃弾が入ってると書かれた箱がありますが、流石にマジで銃弾が入ってるわけではないと思われますが、どうなんでしょ??

入り口横には、掛け時計や黒電話、さらには戦争の時の日の丸の寄せ書きなど。

これらの骨董品は、お店を開店してから、世田谷で昔から開催されているボロ市で購入したり、あとは名和さん経由で手に入れたとのこと。

今や懐かしい、公衆電話。

昔ながらの喫茶店や食堂では、今でもたまに見かけますけどね。

こちらは、隠れキリシタンの鍔(つば)っすね。

大磯にある澤田美喜記念館でも見た気がしますが、他の場所でも隠れキリシタンのコレクションではよく見る気がします。

その他にも、いろんなところに十字架が見られましてですね、、、

椅子にも、こんな感じで十字架が彫られています!

茶室の奥にあるのは、観音さまは観音さまでも、マリア観音っす。

あと、先ほど初代・引田天功さんの写真を載せましたが、その隣にはMr.マリックの姿がw

最近メディアでは見かけませんが、めちゃくちゃ懐かしいΣ੧(❛□❛✿)

ふと、この二人に関係性があるのかと思って少し調べてみたんですが、Mr.マリックは初代・引田天功の影響を受けてマジシャンになったみたいですね。

しかも、作道さんと同じように手品の実演販売を見るのが好きで、それが手品師の入り口だったみたいです。作道さんと同じストーリーでちょっとビックリ( ・∇・)

↑こちらの記事にそういった内容が書かれてますので、良かったら見てみてください!

あと、これは外の入り口には幸福のとんかちがあります。

幸せになりたい方は、ちょっくら叩いてみてはいかが??

という感じで、訪問した際は一風変わった雰囲気も堪能していただければと思います。そして作道さんは、90歳になる現在でも気が向いた時はマジックを披露してくれるんですが、その腕は今でもピカイチ!!

訪問した時に作道さんがいた時は、ぜひマジック見たい旨を言ってみてはいかがでしょうか??

という感じで、世田谷邪宗門に関するお話をいろいろ紹介させていただきました〜( ´ ▽ ` )

おわりに

以上になります!

世田谷邪宗門は本当にフレンドリーなお店ですし、都会とは思えない不思議で懐かしい空間ですので、機会があればぜひ訪問してほしい喫茶店です( ´ ▽ ` )

2024年の夏に訪問した高岡邪宗門

世田谷以外にも、記事を書いてる段階では高岡の邪宗門も訪問してるので、こっちの記事も近いうちに書きたいと思ってもいます。高岡は、作道さんの親戚の方が営んでることもあり、世田谷邪宗門を訪問したことを話すととても喜んでくれたんですよね( ´ ▽ ` )

んで、その他の荻窪、下田、石打はまだ訪問できてないので、ここも早く訪問したい。。

ではでは、また次の記事でお会いしましょ〜〜

参考文献

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詳細・地図

住所 東京都世田谷区代田1丁目31−1
営業時間 09:00~17:00
定休日 水曜日、木曜日
駐車場 なし
電話番号 03-3410-7858
アクセス ・世田谷代田駅から歩いて15分ほど
・三軒茶屋駅から歩いて20分ほど
リンク http://jashumon-setagaya.la.coocan.jp/

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コメント

  1. 八王子市民 より:

    こんばんは。いつも興味深く拝見させて頂きます。
    情報提供、というのも烏滸がましいですが、地元に面白そうな旅館がありましたので、お伝え致します。
    八王子にある「米荘本館」という旅館です。ネットにあまり情報はないのですが、古くからある昭和の地方旅館といった趣です。
    ご興味がおありでしたら、訪ねて頂けると幸いです。

    • 丹治 俊樹 より:

      いつもご覧になっていただきありがとうございます。
      そして、情報提供ありがとうございます。
      「米荘本館」知らなかったですが、素晴らしい旅館ですね。早急に泊まりに行きたいと思います!!
      これからも、よろしくお願いします!

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