楼門で有名な佐賀県武雄温泉にある元遊郭旅館「白さぎ荘」に宿泊し、その全貌を取材した!

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赤線廃止後も歓楽要素は残った

かつての武雄温泉遊郭の本通り

売春防止法が完全施行した1958年の後、蓬莱町にはスチームセンター(トルコ風呂みたいなもの)やストリップ劇場があったそうです。スチームセンターという名前にしたのは、「トルコ」とつけると許可が下りなかったからww

遊郭の後に特殊飲食店になった建物は、旅館やアパートになっていったそうです。

連れ込み旅館にもなった

白さぎ荘も特殊飲食店のあとは旅館になり、その時のお客さんとしては温泉に入りに来た観光客もいれば、当時はラブホテルがなかったためそのような目的でチェックインするお客さんも多かったそうです。

つまり、連れ込み旅館的な要素も持っていたということですかね。

当時の武雄温泉は24時間いつでも入れる温泉があったりで、夜遅くてもチェックインするお客さんが多かったそうな。さらには、旅館にお客さんを呼び込み(客引き)するおばさんもいて、紹介料を渡していたんですって!

館内にあった芸者さんの絵

売春防止法が施行されて以降も、蓬莱町には芸者さんや芸を持たない枕芸者(客と寝ることを主とする)がいたそうです。これらの芸者さんとはご主人も一緒にご飯を食べに行ったり飲みに行ったりと、芸者さんも大事なお客さんなのでそのような付き合いがあった。

蓬莱町にいた芸者さんは、遊郭の転業アパートに通ってきてそこを置屋としており、朝には芸者さんが三味線の練習をする音が聞こえるなどの風情はあったそうです。

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時代の流れには勝てない

遊郭だった蓬莱町は、次第に芸者が減り遊郭だった旅館も減っていき今に至る。その場所で現在唯一旅館として残る白さぎ荘も、時代の流れによって内部を色々と改装しているそうです。

旅館になって作った食堂

上の階には宴会の会場である畳の部屋があるそうですが、「宴会をするのに畳はしんどい・・」という声があったりするように、昔のままでは旅館にお客さんは来なくなってしまう。そのため、今ある食堂も、時代遅れにならないようにと駐車場だった場所に作ったそうです。

中は結構改装している

現在のお客さんとしては、観光客だけでなくビジネス客の方もいくらかいるそうです。現在は、武雄から長崎までを結ぶ長崎新幹線の工事関係者が一年間泊まっていたり、嬉野の方で仕事をしている方が泊まっていたり。

そして、お客さんの中には私のように元遊郭ということに関心を持って泊まりに来る方もちらほら。ご主人さんも、お客さんから時たま「遊郭だった歴史を教えて欲しい!」ということで今回のように説明するんだそうです。

かつての表玄関

色々と改装をしてはいるものの、最初に紹介した中庭や太鼓橋だけでなく外から女郎さんを覗き見る格子窓も一部残っているとのこと。

遊郭時代の表玄関は今の裏口にあたるため、それは裏口に残されていました。

今でも残る格子窓

当時はこの奥に女郎さんが座っていたんですね。

すばらしい意匠だ

この彫り物は実に見事。左から梅、竹、松、つまり松竹梅ですかね。

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消えゆく武雄温泉の灯

当時の面影はほぼなし・・

現在、遊郭があった場所で旅館をしているのは白さぎ荘だけ。跡継ぎがいないというのと、そのままでは今の消防法に引っかかるということで、室内消火栓や探知機などをつけないと消防署や保健所からの許可が下りないため、そこまでの改装をせずに辞めたところも多かったという。

蓬莱町の遊郭建築に関しては、市が買い上げて保存するという話もあったそうです。でも、残念ながら話が出た程度でそこまでには至らなかったとか。。

國明荘は火事によって消失・・

上の写真は駐車場ですが、ここは國明荘という芸者さんの置屋となっていたアパートがあったそうです。遊郭時代は國明楼という名前だった建物ですが、15年前におばあちゃんが天ぷらを揚げていた火の不始末によって全焼。。

遊郭からの屋号が残る『花月』

遊郭からの屋号が残る花月は、旅館の建物は残るものの数年前に廃業してしまったそうです。

武雄温泉には4軒のソープランドが残る

ちなみに、武雄温泉には今でも楼門の近くにソープランドが4軒だけ健在。ソープ街という感じではなく、温泉街の中にさりげなく溶け込んでいるという感じでしょうかね。

今でも早朝からお年寄りの方が利用しているそうですよ。今の時代、ソープランドはお金を持っている年配の方が若い女性と触れ合うために利用するという声は本当によく聞くし、そのような方々でお店が助かっていると言っても過言ではないようだ。。

ちなみに、今でも白さぎ荘のご主人はとある一軒のソープランドの方と付き合いがあるそうです。以前、福岡から来たホストの団体20人が白さぎ荘に宿泊したときのこと。

ホスト全員がせっかく武雄に来たのだからということで、女性をもてなす練習とでも言わんばかりにソープランドへと特攻していったそうです。そしたらその後、とあるソープの経営者が白さぎ荘に来て「いや〜旦那さんのお客さんがお店に来ていただき大変助かりました。ありがとうございました!」と挨拶に来たそうです。

今でも年に一回はそのお店の方が花を持ってきてくれるという( ^ω^ )

武雄市の財政を潤す武雄競輪

最後に、これはおまけですが武雄温泉は温泉街とはいっても、昔は遊郭で賑わい、現在は武雄競輪によって市財が潤うといった背景を持っているそうです。

武雄の観光は、古くから近隣の湯地に利用されてきたものの、戦後は近くにある嬉野温泉の台頭や車の発達とレジャーの多様化によって武雄温泉の地は相対的に下降を辿ってきているそうです。

武雄競輪は1950(昭和25)年4月に誕生。敗戦直後の財政危機を回避する策として競輪を瀑誕させたわけですが、この競輪のおかげで今でもスターバックスを併設した綺麗な図書館を作るなど市の財政が潤ったとか。

私が住む神奈川県も、平塚市が空襲によって壊滅した街を復興するために平塚競輪や七夕祭りを生み出しましたが武雄もそうだったんですね〜。

おわりに

また泊まりに行きたい・・

まだご主人は元気ではあるものの、跡継ぎがいないためご主人の代で白さぎ荘は廃館してしまうという。白さぎ荘の後に宿泊した別府温泉にある元遊郭旅館「すずめ」も同様のことをおっしゃっていて、どんどん遊郭だった旅館は姿を消していきますね。。

ご主人さんからは本当に聞くことができ、部屋も広くとても充実した武雄温泉遊郭取材となりました。

九州にはまだ宿題をたくさん残しているし、次回は近くの嬉野温泉に行く必要があるので、また泊まりに行きたいっすな!

以上、元遊廓旅館「 白さぎ荘」についてでした〜〜!

参考文献

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詳細・地図

住所 佐賀県武雄市武雄町大字武雄7476
駐車場 無料
電話番号 0954-22-2240
アクセス JR武雄温泉駅から徒歩10分ほど
リンク http://www.takeo-kk.net/stay/001322.php

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