沼津のシンボルを後世に伝える「スカンジナビア資料館」へ!

↑更新・取材裏情報はTwitterにて(^ ^)

こんにちわ!

今回は、静岡県沼津市にある知られざる博物館の紹介です。

マジで知られざる施設なんですが、というのもその博物館はお店の中の一角にあるという珍しいタイプなんですよね。お店の中の一角にそういう展示コーナーがあるという感じのため、「それは博物館というのか?」という声もあるかもしれませんが、そう言ってもおかしくないほどの内容となってるんですよね!

お店のオーナーの熱い想いがあっての博物館なんですが、どんな博物館か以下で紹介したいと思います!!

本記事のポイント

・静岡県の沼津には、スカンジナビア号というシンボルがあった!
・結婚式やバイキング、ときにはテーブルマナーを教わる場でもあった。
・スカンジナビア号の歴史を後世に伝えたい熱いオーナーが運営。

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沼津のシンボルを後世に!!

沼津ではこんな光景が至る所で見られまっす

静岡県の沼津市というと、アニメ『ラブライブ!』の舞台として知られ、アニメ好きの方々が押し寄せるような街となってますね。

そんな沼津には、”スカンジナビア号”というかつての豪華客船が係留していました。

この客船は、かつて外国で豪華客船として使われていたものの、その役割を終えた後は沼津まで引っ張られてきて沼津の海に係留され、レストランや結婚式場として沼津の人々に親しまれていたそうです。

とはいえ、老朽化などによって沼津の街を去ったという。。

外観だけでいい店に見えるのは、私だけ??

ただ、そんな沼津のシンボル的存在だったスカンジナビア号の歴史を語り継ぎたいという熱い想いを持った方がいらっしゃるんですね!

その方は、市内にある『cafe 海のステージ』という飲食店を運営しており、スカンジナビア号が沼津に係留していたころの資料などを集めた資料館を店内に合体させているんですって(*´▽`*)

そんなスカンジナビア資料館をGoogleMapでたまたま見つけた私は、「博物館マニアを名乗る以上は訪問せずにはいられない!!」ということで川崎から車をぶっ飛ばしてやってきました。

先客はカップル1組だけ♡

訪問したのは、土曜日の11:00くらい。

お昼ご飯の時間よりかは少し早めということもあってか、先客はひと組だけ。

店内には船のステンドグラスが見られるなど、海が近い場所に位置することを思わせるような雰囲気となってました!!

ガーリック効いてて、マジウマでした(*´▽`*)

川崎から沼津まで、4時間30分くらいかけて軽自動車をぶっ飛ばしてきただけに、まずは腹ごしらえ!

何を食おうかという所ですが、私が”無類のカレー好き”ということもあり、カリブ風カレーを注文。トマトやリンゴを煮込んで作ったお店の名物的メニューだそうですが、旨すぎて5分くらいで完食しました!!

ジャイアント白田やギャル曽根だったら、1分くらいで食っちゃうでしょうけどね( ;∀;)

んで、お昼ご飯を食ったあとは、スタッフの方にお願いして資料館となっているお店の一角を見学させていただきましたー( ´ ▽ ` )

こちらの一角が、『スカンジナビア資料館』として公開されているエリア。

この一角やお店の所々にスカンジナビア号関連の品が展示されているということで規模としては小さいわけですが、色々説明を受けると、色んな歴史が分かって来るんですヨ(*´▽`*)

強烈なメッセージっすな

頭上には、「スカンジナビアを忘れるな!」の文字。

とにかくこのメッセージが強烈なインパクトを誇っているわけですが、この言葉だけでもオーナーの激アツな想いが伝わりますな。いいっすよ、これぐらい強烈に伝えないと知られざる歴史ってのは引き継がれていかないっすもんね!!

豪華客船が何で沼津にあったの?

展示物を見ていると、店員さんが声をかけてくれて、私が博物館マニアでこの資料館のことを詳しく気機体的なことをいつものように熱弁すると、、

「そうでしたか。ここはオーナーの熱意でこうして展示してる形でして、オーナーがいれば詳しく聞けるんですが・・」

とおっしゃってくれました!

そっかー、オーナー今いないのかー、、

と思っていたら、、

グッドなタイミングで、オーナー到着

ナイスなタイミングで、登場!!

ということで、40分くらいかけてオーナーから沼津にスカンジナビア号があった歴史について教わってきました。

こんな感じの豪華客船だったみたいっす

そもそも、このスカンジナビア号という船はどんな船だったのかを先に知りたいですよね!

この船は、ノルウェーで2年の歳月をかけて大正2年に竣工した船でした。
んで、竣工当時は「ステラポラリス」という名の船であり、ノルウェーの国威をかけてクルーズ船用客船として作られたのです。

ただし、第二次世界大戦が勃発すると、ナチス・ドイツ軍によって接収。戦時中は、ノルウェーの港に停泊しながら士官クラブとして使用されたものの、終戦後はノルウェーの船として再び豪華客船として航海。

「七つの海の白い女王」という名称通りの堂々たる客船だったわけですが、戦後になると豪華客船の時代が終焉を迎えることになります。。1965年以降になると、航空機が移動として使われることが増え、さらには建造後30年が経った客船のアメリカへの入港が認められなくなったことは、ステラポラリスには致命的でした。

日本にやって来るまでのスカンジナビア号(ステラポラリス)の歴史は、ウルトラ簡単に書くとこんな感じでしょうか。

解説めっちゃ詳しく書いてある

以上の背景が、資料館にはこんな感じでめちゃくちゃ詳しく展示されてましたヨ( ͡° ͜ʖ ͡°)

↓スカンジナビア資料館のHPにも船の背景が詳しくまとめられていますので、良かったらこちらにも目を通していただければと思います。

箱根山戦争を終えた西武が購入!

そんなステラポラリスは、ヤナセ自動車株式会社の梁瀬次郎会長によって日本へやって来ることになります。

「日本でホテルを建てるにもコストがかかることから、豪華な客船を購入してこれをホテルとすれば利益が出るだろう」

と考えたためです!

船を購入し、ステラポラリスは横須賀港に到着。

んで、梁瀬会長は本来は大阪万博の時に大阪湾で船上ホテルとしてオープンしたかったようですが、大阪湾じゃ狭すぎるということでこれは実現しないことになってしまいます。。

大阪がダメとなってしまい、じゃあこの船をどこに係留させるか。。。

そこで白羽の矢が立ったのが、西武グループのオーナーである堤義明でした!

こんな感じで係留されてたみたいっす

梁瀬会長が堤義明を説得する形で西武がスカンジナビア号を購入。

そしてこの客船は、沼津市の西浦木負という場所に係留されることになり、それから36年もの間、上の写真のような感じで係留し続けてたみたいです。陸からは少し距離があるものの、橋で繋がってるのでそのまま船に乗れるという感じ。

スカンジナビア号が係留されていた具体的な場所を示すと、資料館がある『cafe 海のステージ』の近くにあったようでして、、

『cafe 海のステージ』は地図で示すとココになるんですが、、

係留されていたのは、多分ココ

拡大すると、こんな感じで係留されてたみたいっす!!

じゃあ、堤氏はなぜ沼津にスカンジナビア号を持ってきたのか??

それは、「かつて西武と小田急が伊豆・箱根を舞台に繰り広げていた伊豆戦争・箱根山戦争が関係してるのではないか」と、オーナーの方は語ってくれました!

東急グループ総帥の五島慶太氏と西武グループ総帥の堤康次郎氏という鉄道業界の巨頭同士による、縄張り争いが勃発。伊豆半島の東海岸を舞台にしたのが伊豆戦争、箱根を舞台にしたのが箱根山戦争と言われており、戦後、1950年代後半頃から勃発した争い。

この戦争に関しては、本記事でまとめると話が逸れまくるのでネットなどで調べていただければと思うんですが、この戦争がひと段落した後、堤氏は伊豆半島の西海岸に目をつけたのではないかという。

これがオーナーの方が話していた一つの説です。

熱海や伊東、熱川などの温泉地がある東側とは異なり、西側はアクセス的に行きづらい場所にあるということもあり、土肥温泉、堂ヶ島といったスポットがあるもののあまり開拓されていないエリア。ここを西武は開拓したかったんですかね??

そして、ここをホテルやレストラン、さらには結婚式場として利用されていました。

それだけでなく、陸側にもプールとかボウリング場などの娯楽施設があるなど、

1970年の時、一番高い部屋で当時の額で2万円。大学卒業の一流銀行の初任給で3万円だった。ドレスコードもしっかりしてないと入れない。それだけ格式のある場所だった。

スカンジナビア号の歴史や、沼津に係留された背景などはこんな感じですかね!!

あとは、資料館に展示してある展示物などを紹介していきたいと思います~(*´▽`*)

傾いてる器には理由がある

ただの椅子かと思いきや・・

まずはこの椅子。

こちらに座りながらオーナーから話を伺っていたんですが、こちらの椅子もスカンジナビア号で使われていた椅子とのことで、貴重な資料の一つだったっす!

右下が破れちゃってるけど、奇跡的に残ってたみたいっす

壁に見られるこちらは、本物のスカンジナビア号(ステラポラリス)の設計図。捨てられていたのがたまたま残っていたようで、端を見ると結構破れてるのがわかります。。

こちらの制服は、沼津にやってくる前のステラポラリス時代の制服。

解説を見るに、「二等司厨士(しちゅうし)」の制服とのこと。なんでそうわかるかというと、、

腕に見られる、このラインがヒントとのこと。

黒(海原)は航海部、紫(石油)は機関部、赤(血液)は医療部、白(紙・食料・清潔)は事務部・司厨部を指すとのことで、この制服は白いラインが入ってることから、そう推測されるとのこと!

へぇ〜〜

レストランやホテルとして利用されていたと言うこともあり、食器類が結構たくさん展示されています。

その中でも面白い特徴のある食器が、写真に見られる奥の二つの器。ちょっと写真だとわかりにくいんですが、若干傾いてるんですよね。これは、止まっている時は船の先端だと若干の傾きがあるため、皿も傾かせているという。

その他にも、こんな感じでひたすら食器が展示されてました!

マッチ、めっちゃ欲しい( ͡° ͜ʖ ͡°)

スカンジナビア号が沼津を去ったのは2005年。

そこまで昔の出来事ではないと言うこともあり、今でも「私ここで結婚したんですよ。懐かしい〜〜!!」「私、スカンジナビア号で働いてたんですよ〜」と言う方も訪れるようです。

私が取材をしていたときも、スカンジナビア号で働いていたという方が来店され、オーナーの方と話しながら昔を懐かしんでいらっしゃいました。確かに、働いてた方からすると、昔を思い出したり出来て、たまんないでしょうね!

学生たちはテーブルマナーを教わった!

資料館にはこうしたチラシがたくさんありましたが、昔はホテルでのディナーショーもたびたび行われていたみたいです。バブルの頃なんかは本当に盛んに行われていて、いわゆる昭和歌謡曲などで名を馳せていた方とかは結構開催してたんじゃないですかね?

この当時で、3万円くらいっすか。

まぁまぁな値段しますね!

最初の方でも書いたように、スカンジナビア号はレストランとして活用されていました。

係留され始めた頃からバイキング料理もあったようで、日本で最初にバイキングを提供したのは東京の帝国ホテルとは言われているものの、ここも帝国ホテルと同時期くらいに提供していたそうですヨ!

スカンジナビア号で使われていたコーヒーカップなど

とはいえ、1970年代というと、沼津市周辺ではまだイタリアンレストランやフランス料理のお店などはあまり見かけることはない時代でした。

今でこそ、個人でイタリア料理店の個人店などはたくさん見られるしサイゼリヤのようなチェーン店もありはしますが、この時代はナイフとフォークで食事をすることはあんまなかった時代みたいなんですよね。

なので、スカンジナビア号のレストランでは、地元の学生たちが課外授業として訪れて、ナイフとフォークの使い方を学ぶ、いわゆるテーブルマナーを学ぶ貴重な場としての役割もあったそうです。

このチラシでは、バイキングの値段が5,000円と書いてますね。いつのチラシかは書いてないですが、他のチラシから推測するに1990年頃だと思うんですよね。

今の額にするとどのくらいになるんでしょうか?

6,000〜7,000円くらい?

そう考えると、安くもなく高くもなくという感じでしょうか?

あとは、結婚式場としても使われていたみたいです。

なので、こうした広告もよく刷ってたんでしょうね。特に沼津の港町となると、結婚式に適した場所ってあんまなかったんですかね?

結婚式挙げるとなると、いくらかかったんだろ?

今も和歌山県沖に沈んだまま・・

そんなスカンジナビア号は、2005年3月31日に沼津を離れることになります。

老朽化が原因ということもあり、スウェーデンの会社に売却されることになったのです。ここのオーナーはスカンジナビア号を残そうという運動もしていたそうです。

海の学校にしてはどうかなどなど。

でも、結局は沼津を離れてしまうことに。。36年もの間、沼津のシンボルとして親しまれていたということもあって、ここを去る際は市民の方が見物に来て見送っている光景も見られたみたいです。

最初の方で説明した通り、スカンジナビア号は既にエンジンが取り外されていた状態となっているため、タグボートに引っ張ってもらうかたちで沼津を去り、途中上海に立ち寄って大改修をしたのち、スウェーデンへと持っていかれる予定でした。

と、こ、ろ、が、、、

沼津を出発して36時間後のこと、和歌山県の串本沖を通過していた時に、スカンジナビア号は沈没してしまったのです。。

エルトゥールル号が難破した串本沖

ここは黒潮の流れが早く、かつてはトルコ(当時はオスマン帝国)のエルトゥールル号が難破したことでも知られている場所ではあります。とはいえ、沈没した原因をちょっと調べては見たんですが、今でも詳しくはわかってないみたいですね。。

↓このサイトに、その辺のことが詳しく書かれていました。

今でも、スカンジナビア号は横たわっているわけでもなく、70〜80mほどの海底にそのままの状態で沈んだままになってるみたいです。

とはいえ、2005年に沈んだとのことなので、既に20年近く経過しているわけです。引き上げることはできないかと思ってはしまうものの、そもそもそんな金誰が出すんだという話にもなるし、引き上げるとしても船体が持つかという話にもなるますので、もうずっと海底で眠ったままなんですかね。。

でも、いつの日かそんな話に火がつくことがあると考えると、ロマンがあります。

ここもラブライブの聖地だった!

という感じで、店員さんやオーナーの方からスカンジナビア号に関する話をたくさん聞かせていただけました( ´ ▽ ` )

あとは、店内にはこんな光景も見られるように、沼津港と同様にこのお店も『ラブライブ!』のファンの方が訪れるようです。

上の写真の左下に女の子がカレー食べてる写真があると思うんですが、この写真に描かれてるお店が明らかにこの店なんですよね。

ということもあって、『ラブライブ!』の影響で来ただろうお客さんも多く、店内にあるぬいぐるみ、フィギュア、写真などのグッズはそうしたお客さんが置いていった物なんだそうです。

コスプレして訪れるなど、気合の入ったお客さんもたまにいらしゃるようですよ!

ぬいぐるみの目ん玉ついてないの、なんで??

私はアニメはほとんど見なくて、小さい頃に『ラッキーマン』『忍空』『こち亀』をよく見てたくらいで今は全く見ないんですよね。なので、アニメの聖地巡りってやったことないんですが、アニメの影響力は本当に凄いですね!

ラブライブ!以外にも、ゆるキャン、けいおん、らきすたとかとか、いろいろ巡る中でそうしたアニメの聖地として多くのお客さんが訪れるという話は、旅の最中よく耳にしますわ。

綺麗なステンドグラス
結構色んなお店で見かけるんよね

あー、あと仙台四郎さんもいました。新しい店だとまず見かけることはないですが、昔ながらの町中華とか飲食店とか行くとちょくちょく見かけるんですよね。仙台四郎じゃなくて福助を展示しているお店とかもありますけど。

あとは、酉の市の熊手とかね。どれも商売繁盛を祈願する物ですが、私も将来は個人居酒屋を開きたいという夢を持ってるので、お店構えたら仙台四郎さん用意したいな!

おわりに

以上になります!

沼津にはかつてこんなに素晴らしい豪華客船が係留してたんですね。そうした歴史を語り継ぐ方がいるのは話を聞いてて何だか嬉しくなりました( ´ ▽ ` )

博物館という形態は、こうしたお店の一角に構えることもできますし、お寺の一角、神社の一角、あとは自宅の一部を公開したりと色んな方法で実現することができるんですね。

そして今回紹介したスカンジナビア資料館のように、個人の博物館は熱量や想いが強く、聞いていて胸に刺さる物があるのも実に感慨深いです。これからも、こうした知られなくとも魅力的な博物館を見つけては発信していこうと思います!

参考文献

↓よければクリックをお願いします

詳細・地図

住所 静岡県沼津市西浦木負768−9
営業時間 10:00~18:00
定休日 木曜日(夏休み期間は毎日営業)
駐車場 無料
電話番号 055-946-2801
アクセス 沼津駅から30分ほど
リンク https://umisute.wixsite.com/my-site/home

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