庭には本物の信号機も!静岡県にある「由比あかりの博物館」で灯りの歴史を学んだ!

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庭には、まさかの信号機ww

▲博物館の庭に展示されている信号機
この博物館には中庭があるのですが、なんと、、庭に出たらまさかの信号機がありましたww
あれ、ここは道路なのかな??ってわけではなく、これはここの館主さんがいただいたものなんだそうです。先ほども博物館の説明部分で説明した通り、電気関係の工事や修理を行っていた関係がありこの中古の信号機をいただいたんだそうです。
すげぇな、信号機ってもらえるんだ( ;∀;)
信号機を支える柱には、スイッチがついていてこれで信号機を点灯することができるという。
ちなみに、押しボタン式のものまでありましたがこれは故障して使えなくなってしまったという。。残念。。
試しに、信号機を点灯しまくってみました。こういう機会なので日常では見ることができないパターンを点灯したくなるのが人間の性というものです。
ということで、赤と青が同時につくという町中で起こったら交通事故が起こるパターンを試してみました!ん~なんかそんなに新鮮でもない。ちなみに、青と右折の信号だけLED対応していました(*’▽’)
続いては、全点灯パターン。おお~これはなかなか斬新な光景や!!普段見ている信号機なのに、自分で灯りを操作できるのはおもろいもんですな~。
▲全部点灯する様子はなかなかの珍光景
せっかくなので、歩行者用もあわせて全部点灯させてみました!こりゃ、なかなか見ることができない珍百景ですね。ナニコレ珍百景の番組がまだやっていたら、ここは候補に挙がるんじゃないっすかね??
▲間近で見ると結構デカイ
しっかし、自動車用の信号機ってこう間近で見るとデカいっすな!普段は高い位置にあるからこう間近で見る機会はないもんですし。あと、よく片方の支えだけで維持できているものだと不思議に思っているのは私だけです??
ちなみに、信号機の値段って皆さんどの位するかご存知です??信号機を設置するには約470万円近くかかるそうです。ほほ~この信号機を設置するだけでサラリーマンの平均年収くらいあるわけですね。
この点灯機だけであれば100万円もかからないそうなんですが、信号を制御する機器や設置工事費用などが絡むと470万円近くになるという。

この信号機で遊んだ様子は動画にも収めたので、ちょっくら見てみてくださいな(*’▽’)

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昭和の貴重な品々も展示されている

さらに奥に進むと、こんなスペースまでありました。ここは灯りの博物館ということで灯りの歴史が学べるわけですが、電気工事関係の仕事をしていたということで集まったものなのではないかと!
ということで、ここに展示されている者に関しても少しばかり紹介していきたいと思います~~!!

発売当時の貴重なテレビが!

▲発売当初に売られていたテレビ
今では考えられない程奥行きがあるテレビですね。。実は日本のテレビの歴史は、静岡県の浜松市から始まります。「日本のテレビの父」と言われた高柳健次郎氏の貢献がとてつもなく大きく、彼が世界で初めて電子式テレビを発明し、ブラウン管で文字を映し出すことに成功したのです!その文字はカタカナの「イ」だったんですよ(*’▽’)
この出来事を記念して、浜松市にはテレビ発祥の碑が2箇所に存在しているのです。知の冒険を始めた初期に訪れて記事も書いたので、以下も参照してみてくださいな!!
その後、1952年に松下電器製の1号機が発売されました。もちろん白黒。ただし、当時は価格が29万円で初任給の50倍以上もの価格だったため、一般庶民にはあまりに高く手を出せない商品でした。
そのため、お金持ちの家か街頭テレビに皆が群がっていたわけですがその様子はテレビでも見たことがあると思います。当時は百田光浩こと力道山が空手チョップで外国人を張り倒す様子を見て、戦後の日本人たちに勇気を与えていた頃ですね!!
その後、東京オリンピックが始まる時期に合わせてカラーテレビとなったわけですね!首都高速道路も東海道新幹線もオリンピック前に合わせて完成し、先人の方に戦後の歴史を聞くと東京オリンピックから日本の景気は上り調子になったなんて声をよく聞くんですな!
と、テレビの歴史を語ったところで今度はお弁当箱!今現在の中学校や小学校の給食と弁当の割合ってどのくらいなんでしょうね!ちなみに、私は小学校の時は給食で中学校の時はお弁当でした。
確か、おかず用とご飯用で弁当は二つあったような気がします。上の写真の上部の列にも置かれているようなアルミ製の弁当箱なんかも私持ってましたわ!!なつかしいな~~。

携帯ラジオも置いてますた!!

こちらは携帯ラジオ。確か私のじいちゃん家にもこんな感じの携帯ラジオが置いてあったような気がしますよ!今ではradikoのスマホアプリで無料で聞けるようになったわけで、本当に便利な時代になったなと!!
ちなみに、私は小学生のころからニッポン放送を聞いていました。私が聴いていた小学生の時はオールナイトニッポンが西川貴教、ロンブー、矢口真里、ネプチューン、ナインティナインというまさに黄金期でしたよ!
▲放送受信料の移り変わり
その他にはこんなものまで!今、NHKの放送受信料は結構な問題になっており、その第一人者としてyoutuberの立花孝志さんが声をあげていたりしますが、ラジオ放送が始まった1925年当初はラジオ放送に徴収料が発生していました。
ラジオ聴くだけで金かかっていたんですね!その後、太平洋戦争を経てラジオ放送は昭和40年頃に無くなりましたが、テレビにも当初から放送受信料は発生していた模様です。しかも、上の写真をよく見るとわかるように、白黒テレビとカラーテレビで受信料が異なっていたんですね~~!
ちなみに、今現在のNHKの徴収料は14,000円程。そんなに痛い額ではないですがそもそもテレビ設置していても観る人少ないですし、ちなみに私の家にはテレビは無いため受信料は払っておりません!!
あとはこんな感じの懐かしい看板とか。
これは、発売当初のテレビのチラシですね。ゆっくりしすぎて時間も無くなってきたのでさらっと見た程度ですが、熟読してみると結構面白い発見がありそうや!!

博物館がある「由比」は急峻地帯!

最後に、これはちょっとしたオマケ!この博物館がある由比という場所についてです。今更ですが、由比というのは静岡県の駿河湾沿いに位置する場所であり、かつての東海道の宿場町だった場所です。そんな由比という場所はたいへんな急峻地帯なんですね。
この辺りは歌川広重の東海道五十三次の中の薩埵峠(さったとうげ)にも描かれています。薩埵峠とは、上の地図の場所にある峠であり、急峻地帯である崖の上から雄大な駿河湾だけでなく、日本を代表する山である富士山も綺麗に眺めることができる場所。
時代が変わり街の景観も大きく変わってきているため、この薩埵峠は東海道五十三次の中でも唯一当時とそんなに変わらない景色を見れる唯一の場所となっているのです。この薩埵峠の麓には、東海道新幹線、JR東海道本線、国道一号線(現東海道)、東名高速道路が走っているということもあって、ここで土砂崩れが起きたら「日本の東西が分断される」とまで言われている場所だったりします。
↓↓薩埵峠に関してはだいぶ前に訪問した記事があるので、よければこちらも!!
そんな場所にこの博物館はあるため、博物館の前を通るかつての旧東海道はとっても細い道で、今でも車同士がすれ違うのには少し労力がいるんですね!まぁ、私の中で最も運転しづらい街である奈良県に比べればマシですが、ペーパードライバーが来ると結構やられる場所だと思います(笑)

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おわりに

今の便利な時代ですと、スイッチを入れるだけで灯りを得られるわけですがそんな灯りの歴史に関して学んでみるのも楽しいものですよ!!
この「由比あかりの博物館」は、アクセスがいい場所にはないのでそうそう来れる場所ではないですが、あまり知られていない穴場でありお母さんはとても親切な方なので、いろいろ世間話をしたりしつつ、我々の生活には欠かせない灯りに関して学んでみてはいかがでしょうか!!

参考文献

↓よければクリックをお願いします

詳細・地図

住所 静岡市清水区由比寺尾473-8
営業時間 10:00〜15:00
(入館は16:30まで)
定休日 月曜日と火曜日
(祝祭日の場合は翌水曜日休館)
入館料 500円
(※中学生以下父兄同伴の場合は無料)
駐車場 65台
電話番号 054-375-6824
アクセス JR東海道線由比駅下車、旧東海道さった峠方向へ徒歩約10分
リンク http://m-imajo.main.jp/m-imajo/akari/akarimuseum/folder3/tokaidoakarimuseum.html
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