日本のテレビの歴史は浜松から始まった「テレビ発祥の地」!

テレビの放送が始まってから約60年!!
自分も中学、高校のときはテレビっ子でした。
そのテレビ発祥の地が「静岡県浜松市」にあるんだそうです。
テレビ放送が始まった当時、テレビは超高価だったため、皆が買えるものではありませんでした。
当時の公務員の給料は5,400円。
国産第一号のシャープ製のテレビは175,000円でした。
高すぎ・・・・
ってことで、当時は街頭テレビが役に立っていたんだそうです。
テレビ発祥の地
テレビ発祥の地は、この「NHK浜松放送局」にあるそうです。
テレビ発祥の地
今日は12月30日だったので、空いていませんでした。
閑散としていました。
テレビ発祥の地
敷地内にすぐありました。
テレビ発祥の地
これが、テレビ発祥の地の記念碑!!
「イ」って文字が書いてますがこれは何だ??
調べてみると、世界で初めてブラウン管に映し出された文字が「イ」なんだそうです。
テレビ発祥の地
テレビ発祥の記念碑はもう一つありました。
それはNHK浜松支局から車で5分足らずの場所です。
テレビ発祥の地
こちらは結構立派な記念碑。
世界で初めてブラウン管に「イ」の文字を表示させたのは、日本テレビの父と言われ電気工学者であった「高柳健次郎」という方です。
高柳さんは、ここ浜松高等工業学校でその実験を成功させたんだそうです。
テレビ発祥の地
高柳さんの人生を色々調べてみました。
高柳さんは、小さい頃は勉強もできず運動もできない、いわゆる落ちこぼれだったんだそうです。
それでも、機械には興味があり自身で模型などを作っていました。
しかし周囲の人に助けられたこともあり、大学を卒業して「浜松高等工業学校」の助教授にまでなりました。
そしてブラウン管に「イ」を映し出したことに成功した後、NKHに入社します。
それは1940年に開催する予定だった東京オリンピックのテレビ中継実現のためでした。
そう、東京オリンピックは1964年に行われましたが、本来は1940年に行われるはずだったのです。
しかし、日中戦争が起こったことによる影響でオリンピックは幻に終わってしまいました。
それでも、テレビの研究所は残り、電波使用でのテレビ公開実験に成功しました。
その後、GHQによりテレビの研究を中止させられることもありましたが、その後日本ビクター社に就職。
高柳さんは、2ヘッドVTR、4チャンネルステレオCD-4、45-45式ステレオ技術なども開発しております。
テレビ発祥の地
なにやらブラウン管の仕組みが描かれています。
自分は理系ですが、ちょっとわかりません・・・・・
プロジェクトXなどでも色々な技術者が紹介されていましたが、高柳さんもそれに匹敵する偉大な技術者だったんですね。
非常にいい勉強になりました~~!!
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テレビ発祥の地
住所:〒430-0905
   静岡県浜松市中区下池川町35-28

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