どうも、こんにちわ(`・ω・´)
今回の記事は、静岡県にある新幹線の駅に関する記事になります!静岡県というと、東海道線の駅が結構たくさんあるわけですが、その中で今回注目するのが「新富士駅」なんですわ(`・ω・´)
なんでこの駅に焦点を当てるのかというと、なんと日本でも結構大きな規模を誇る創価学会員のために作られた駅という噂がを耳にしたからなんですね!!まさに、このブログにもってこいのネタだったため、早速調べに行ってまいりやした~~!!
本記事のポイント
・新富士駅は、創価学会員の大石寺への登山客のために1988年に建設された
・しかし、そのわずか3年後に大石寺は創価学会を破門してしまった・・
・新富士駅周辺は駐車場くらいしかない、悲劇の駅となってしまった・・
新富士駅はどこにある??
ではでは、まずは新富士駅がどこにあるかを確認しましょう!今回は、タダ場所を確認するだけでなく、どんな場所にあるかってのが結構大事な要素になってくるんです。
新富士駅は静岡県のどの辺にあるのかというとこの辺です。富士宮市ということで、富士山の南側に位置しているわけですね。では、以下で拡大してみましょう!!
こちらが新富士駅周辺の拡大図!ただ、その周囲にご注目( ;∀;)
周囲に何があるかというと、何もないんですわ・・。強いて言うなら製紙工場や東芝の工場などがある程度。北上すれば、もちろん富士山があったりするんですがさすがに遠すぎますし。。なので、この駅は背景を知らないと「何でこんな場所に新幹線の駅が作られたんだ??」ってなるわけですね!!
▲政治家駅として有名な「岐阜羽島駅」
ちなみに、そんなときは政治的な要因が絡んでいたりすることがあります。よく言われているのは、同じく東海道新幹線の駅である岐阜羽島駅!真実は、大野伴睦氏から直接聞くしかないものの、岐阜県側からしたら嬉しかったようで駅前には彼の銅像まで建っていたりする駅です。
↓↓結構前に、記事化していますので良かったらこちらも見てみてくださいなm(__)m
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新富士駅は創価学会員のために出来た駅??
で、何でこんな場所に駅を作っちゃったのかというと、創価学会員のためなんだそうです。これは、ネットに書かれた内容で最初に知ったのですが、実際に現地で地元の方にも確認したので恐らくはそうではないかと。。ただ、それが100%の理由とは限らないですけどね。
というのも、ここから北上した場所には日蓮正宗総本山である大石寺があるのです。この「大石寺」というお寺の名前は聞いたことがないという方がほとんどだと思いますが、このお寺は以前は創価学会の方がお参り(以下、『登山』と記載)に来ていたお寺なのです。
▲日蓮正宗総本山の「大石寺」
というのも、創価学会は当時日蓮正宗を信仰していたため、その総本山である大石寺に学会員全員が登山に来ていたんだそうです。創価学会員は全国にいるため、車やら鉄道やらを使って大勢の方々が大石寺にやってくるわけですね。
1952年10月から行われた月例登山会には、年に180万人近くもの学会員の方が大石寺に登山史に来るように、実に日蓮正宗の90%近くもの割合を占めていたのが学会員だったそうなのです。
そんな多くの方が大石寺、つまり富士宮市に来襲してくるわけなので、JR富士宮駅には学会員専用のホームが出来たり、学会員用の臨時列車(通称:創価臨)が走っていたり、さらには学会員の登山会の旅客輸送を目的として設立された「大富士開発」というバス会社まで1959年に誕生しました。
そんな中、東海道線の駅として富士駅はあったものの、とうとう新幹線の駅として新富士駅を作ったわけなのです。これは、富士駅と富士宮駅だけでは学会員の輸送をさばききれないということで、地元の自治体とJR東海が建設費を折半して1988年に誕生した駅なんですね。まさか、宗教団体が新幹線の駅を作ってしまうほど影響力を持つとは。。
駅を作って数年で、まさかの破門。。
が、ここで新富士駅にとって恐ろしい出来事が起こってしまいます。なんと、1991年に当時の大石寺の住職が創価学会を破門してしまったのです。
詳しくはここでは書きませんが、大石寺の住職さんが創価学会のトップである池田大作氏に対して「今の創価学会は、日蓮正宗の教えに対して誤った信仰をしている(怒)」という決断を下して、もう大石寺にお参りにくるんじゃねぇ~ってことになってしまったのです。
▲かなり物寂しい、大石寺内のターミナル
そのため、大石寺に大量に訪れていた学会員が来なくなったことでその辺のお店が潰れるだけではなく、バス会社まで倒産するなどこの辺の経済に対して超大打撃となったわけです。大石寺からしたら学会員の方が来てくれるだけで経済的に潤っていたはずなのですが、これはお金という問題ではなく、きっちりと信仰を守るという点を大事にした決断だったようです!!
大石寺内にも、大勢の方のバス乗降に対応できるような乗り場が今も残されています。今では、閑散とした物寂しい光景に見えますが、学会員の方が来ていたときにここは多くの人で賑わっていたんでしょうな。。
↓↓そんな大石寺に関しては、以下の記事でガッツリまとめておりますのでこちらもご覧になってみてくださいm(__)m
破門のその後は・・?
▲大石寺の売店で売っているパンフレット
大石寺は、創価学会を破門はしたものの学会員の方々には、学会から脱退して正しい信仰の下で大石寺へお参りに来てほしいという姿勢のよう。。そのため、大石寺にある売店には上の写真のようなパンフレットが数種類にわたり売られていました。
大石寺自体にどのくらいの打撃があったかは不明ですが、少なくとも近くにあった商店街は寂れてしまい、学会員の登山者を運ぶ専用のバス会社であった「大富士開発」は廃業、そしてJR富士宮駅にあった学会員専用のホームは使われなくなり、学会員用の臨時列車の運行列車は無くなることになりました。
そして、今回の記事の主人公である新富士駅は創価学会の登山者のために1988年に作ったのに、その3年後の1991年に大石寺が破門してしまって学会員が来なくなってしまったため、「えっ、、この駅何のために作ったの??」ってなっちゃったわけです。。
そんな背景があった富士宮市ですが、その後には「富士宮焼きそば」がご当地グルメとして有名になりました。学会員が去って10年近くでようやく世間に注目を浴びられるようなネタが発生したわけです。
さらには、その後2015年8月に長渕剛が富士山のふもとにあるキャンプ場「ふもとっぱら」でオールナイトライブをやったりとかで10万人近い(実数は不明ですが・・)お客さんが訪れたりもしました。
というような背景が、新富士駅周辺でおこっていたようなんですね!!これらの情報は、以前大石寺に取材しに行った際などの情報をもとにしたのです。では、これらの背景を踏まえて今回の記事の主人公である「新富士駅」を訪問して、その辺の真相を確かめることも含めて取材してきました!!
続きはこちら!新富士駅を取材して地元の方の声を聞いた!!
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