北関東最大級の色街である土浦の「桜町」はどのような街なのか!?

↑更新・取材裏情報はTwitterにて(^ ^)
今回の記事は、茨城県の色街に関する記事になります。知の冒険を始めた当初は、色街に関しては知識も、そしてあんま興味も持ってはいなかったものの風俗というジャンルの歴史は日本の歴史を知る上で欠かせないものと実感してから色々学びだした私。
そんなこんなで、大阪の飛田新地や東京の吉原などを歩いては記事にしていたわけですが、そのような有名な色街だけではなく色々な場所に目を向けると日本には本当にいろいろな色街に様々な物語があるようだと知るんですな。そんな中、今回は茨城県の土浦にある「桜町」という色街を紹介するため、土浦へと足を運びました!
本記事のポイント

・桜町には、つくば学園都市や鹿島臨海工業地域の方々も訪れる
・飲み屋なども多く、夜になるとお客さんで賑わう栄えている様子の街
・近くにある海軍があったことが色街誕生のきっかけのよう。。

スポンサーリンク

土浦の桜町はどこにある?

sakuramachi28
桜町というと、ピンと来る人は正直ほとんどいないと思います。。。私も今までいろいろな色街を歩いてきたものの、「桜町」という町を知ったのは本当に最近。そんな桜町は、茨城県土浦駅の西口に位置する街。南側には桜川という川が流れています。
土浦・桜町
▲桜川の向こう側に煌めく桜町のネオン
上の図でもわかるように桜町は南側に流れる「桜川」の土手の向こう側に位置しています。街のネオンをみると、何か切なさを感じずにはいられない。特に地方のネオン街は。。。
そして、川にも写るネオンの光がさらにその哀愁を漂わせますな〜。長き歴史がある街だからなのでしょうか。。。

スポンサーリンク

桜町の歴史を探る

土浦・桜町
桜町については特に事前調査もせず場所だけ調べてきた私。しかし、この街の歴史について聞かねばということで、うまい具合にボーイさん達に聞ければということをたくらみながら街を歩くことに。
街を訪れたのは夕方の17:00過ぎ。12月という年の瀬ということもあり、日没が早いことからこの時間でもこんな暗さに。まだ繁華街にしては時間が早いこともあり、人はそんなに多くはなかったんですね。
土浦・桜町
▲桜町のメイン通り
色街には各々の街それぞれでボーイさんの雰囲気が異なると、多くの街を訪れて思うようになってきています。ここ桜町の方は、かなり積極的というか話しやすい方たちでした。カメラを構えながら歩いていたため、
ボーイ:「今日は遊びではないのですか??」
私:「ブログをやっていて色街を取材しながら歩いているんですよ!」
という会話を何度か繰り返す。
すると、かなりノリのいいお兄さんが声をかけてきました。
ボーイ:「はい、お兄さんどうでしょうか?」
私:「あ、わたくしブログをやっていて色街を取材しながら歩いているんですよ!」
ボーイ:「ほーブログねー」
私:「この街の歴史や赤線跡の名残を探していまして・・」
ボーイ:「あーなら詳しい人がいますよ!!」
土浦・桜町
といって、そのボーイさんはこの街に詳しいという名物おじさんを私に紹介してくれました。しかし、そう簡単に情報というものは入ってこない。なんかそのおじさんはあんまり乗り気ではなく、そんなに情報は教えてはくれませんでした。。。
でもいくつかのことは教えてくれましたよ!この街の成り立ちとしては、日本海軍の軍人で太平洋戦争時には連合艦隊司令長官も務めた「山本五十六(いそろく)」が関係しているという。というのも、現在も霞ケ浦の近くには予科練記念館もあるわけですが、ここは戦前に集まった海軍の軍人の慰安所として栄えました。
おじさんが言うには、山本五十六がここに慰安施設を開いたとのこと。それは大正11年である1922年頃。その後は、警察が風紀取り締まりをすべく周囲の料理店などをこの地に集結させました。
その後、茨城県には鹿嶋臨海工業地帯やつくば学園都市などの街が誕生。現在の客層を聞くと、鹿嶋の方やつくば学園都市の方も多く訪れるという。しかし、それ以外の物語は聞くことも色々調べても出てきませんでした。。。
土浦・桜町
▲メイン通りから1本入ると一気に暗くなる
というのも、街を歩いていてもちょんの間風の建物もないし、昔の色街をうかがえるような建物も残ってはいませんでした。表のメインストリートである「きらら通り」は、ネオンがきらびやかである一方、1本通りを入るとこんだけ明るさに差がある場所もあるのです。
土浦・桜町
この街では、営業している店とそのまま空き家になった建物が混在している様子が非常に目につくんですね。
土浦・桜町
赤線跡などの建物でよくみられる廃線むき出し光景。パット見は雑というかごちゃごちゃしているように見えますが、見慣れてくるとこれも一種のアートのように見えるのが不思議っす。。。
土浦・桜町
現在は営業していないファッションヘルス。普通の民家にネオンが張り付けられた様な、よく見たら違和感ある建物。

スポンサーリンク

桜町の店は名前がおもろい!

土浦・桜町
街を歩いて抱いた印象としては、お店のネーミングセンスがなかなか面白いということ。上野から茨城県方面を走る常磐線をもじってつけられたであろうこのお店。
大通り沿いではなく細い路地にひっそりとたたずむ店であり、好きそうな人ははまりそうな店に感じます。「各種カードご利用可」と書いてありますが、支払いにSuicaは使えないのだろうか。。。
土浦・桜町
ふふふ。。。
土浦・桜町
▲ネーミングがユニークな桜町の風俗店
どこかの企業で使っている「ご利用は計画的に」の文字が。そうですね、一時の感情に流されず冷静に考えることが大事です。といっても、こういう街に来るとパーっと使いたくなるのが、色街の魔力でもあるんですな〜。
土浦・桜町
こんなバーの名前の店も。何て読めるかわかります??

桜町の練り歩記

土浦・桜町
夕方に桜町を訪れ調査をした後、旅の疲れもありコインパーキングに停めていた車の中で眠ってしまいました。そんで何度か起きては寝てを繰り返して時刻は21:00過ぎに。。
そんな時間にもなると、夜の街に吸い寄せられる男たちが多数訪れて賑わうように。土浦駅から桜町に向かう時に、その入り口が上の写真の場所となるのですが、入り口辺りはバーやキャバクラが多い。そんなこともあり、21:00過ぎには多くの人で賑わうようです。
土浦・桜町
▲警戒しているのか、お巡りさんもよく見かける
茨城の人間は開放的な人が多いのか、それとも日頃のうっぷんがたまっているのか、酒に酔って大声を出すものなどの男らが多くみられました。気のせいかもしれないが、やたらと警察の車を見る回数が多い気がしました。。。
土浦・桜町
▲多くの人通りで賑わい出す桜町
私が訪れたのは土曜日。特に荷物は持たず、2,3人のグループが日頃のストレスを発散するために訪れている人が多い印象です。風俗街は、景気と同様に右肩下がりでお客さんはどんどん減っているという声を様々な場所で聞きますが、この街はわりかし人通りは多く栄えている雰囲気でした。
というのも、桜町はそれほど面積が大きくなく、小さいエリアにファッションヘルス、ソープランド、キャバクラがぎゅうぎゅうに密集しているからでしょうかね。。
土浦・桜町
こちらは、きらら通りから見える独特なキャバクラ。入り口の派手さはあるものの、建物全体をよく見るとそこだけとってつけた感を感じるのは私だけだろうか・・。
土浦・桜町
通りにある1軒のラーメン屋さん。こちらのお店は夕方は開いていなかったです、21:00過ぎに訪れると営業していました。やはり、夜の街にあるお店である。
土浦・桜町
メインストリートであるきらら通りには、屋台もあるぞ!トルコ人が頑張って営業しておりますた!

スポンサーリンク

おわりに

土浦・桜町
この街に関しては、正直それほど多くの情報を得ることができませんでした。東京の吉原や横浜の曙町に比べると小さな町ではあるものの、まだまだ多くの物語が眠っているはずっすわ。引き続きこの街については調査をしていきます!

参考文献

↓よければクリックをお願いします

詳細・地図

住所 茨城県土浦市桜町
アクセス JR土浦駅から徒歩5分くらい
リンク https://ja.wikipedia.org/wiki/桜町_(土浦市)
↓↓twitterもよろしくです
※ほぼ毎日つぶやき中
こちらの記事もどうぞ!
この記事も読まれてます!
関連コンテンツ
関連コンテンツ



  • このエントリーをはてなブックマークに追加