かつて神奈川県に存在していた「永真遊郭」その跡地を調査した!

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今回は横浜の色街に関する記事です。横浜の色街の歴史というと、横浜駅の周辺というよりかは関内や日の出町に色々詰まっているのです。そんな中、今回はその歴史の中でかつて存在していた「永真遊郭(えいしんゆうかく)」に焦点を当てて記事を書いていきました、
おそらくほぼ聞いたことがない場所であろう永真遊郭を色々調査しましたので、以下で紹介していきたいと思います。
本記事のポイント

・永真遊郭は1877年に誕生し、売春防止法施行の1958年まで続いた
・今現在は住宅街になっており、その痕跡はほとんど残っていない
・毎年11月には、大鷲神社による酉の市が開催される

永真遊郭跡とは?

ということで、まずは永真遊郭という遊郭に関して簡単にですが以下で説明していきたいと思います。

永真遊郭跡はどこにある?

永真遊郭
永真遊郭は、上図の場所にありました。JR関内駅からは歩いて数分の場所ですが、最寄駅は横浜市営地下鉄線の伊勢佐木長者町駅になりますな!
現在は住宅地になっていて、周囲には目立った店などもないため住人以外はほとんど来ることがない場所になっています。

永真遊郭の歴史とは?

はたして永真遊郭はどのような歴史を経てきたのか?
曙町・黄金町
▲横浜初の遊郭があった「横浜公園」
永真遊郭が誕生したのは、今から150年近くも前の1877年。今現在横浜スタジアムがある横浜公園に、1859年に作られた港崎遊郭が豚肉料理屋から出火した火事により焼失し、その後吉原遊郭(後に焼失)、高島遊郭(後に焼失)と移転を繰り返して、1877年に誕生しました。
ということで、横浜にあった遊郭街は3回の移転を繰り返して4箇所にあったのですが、これら4つの遊郭街は、まとめて横浜遊郭とも言われています。
▲かつての永真遊郭の入り口だった場所
その後、長い間この地で遊郭街が形成され続けますが、1923年の関東大震災や1945年の横浜大空襲により徐々に街の勢いは衰えていきます。しかし、結局は1958年の売春防止法が施行まで遊郭街として反映し続けました。
今では住宅地となっており、当時の面影はあまり見られなくなっています。しかし、永真遊郭は焼失したわけではないため、かろうじて名残と思われる光景を見つけることもできるようです。戦後も多少は続いていた遊郭であるため、この遊郭の物語を知る人もまだ生存しているはずである!

永真遊郭周辺の歴史

永真遊郭
永真遊郭の周辺では、多くの色街の歴史があり今でも曙町や野毛周辺で色街の歴史が続いています。この周囲では、1859年に作られた港崎遊郭(みよざきゆうかく)から色街の歴史が始まりました。
永真遊郭
そして、この辺りの歴史の流れは上図のようになっています。永真遊郭は吉原遊郭が火事で焼失した後に移転して誕生し、その後は戦後辺りまであった遊郭のようです。
↓↓横浜の風俗史に関しては以下にまとめていますので、見てみてくださいね(^ ^)

永真遊郭の痕跡を探す!

永真遊郭に関しては、ネットで検索をするといくらか探訪記が見られるようです。ということで自分もその地に訪れてネタを探しに行ったわけなんですな〜!
永真遊郭
その前に、永真遊郭の跡地を改めて確認すると綺麗に正方形に整えられた区画であることがわかります。以前には東京の吉原遊郭に関する記事を書いたのですが、その時に見た吉原の区画とこの場所の区画は何かに通ったものを感じる。。。
永真遊郭
永真遊郭の跡地には、周囲をぐるっと囲むようにこのような道が現れます。通りの真ん中には分離帯のような街路樹が現れていますね。ここは、当時の堀だと言われているようです。東京の吉原遊郭でいうお歯黒溝のようなものでしょうか。。
永真遊郭
こんなお店も。破れてはいるものの、「浜一番」という文字が見えますね。
永真遊郭
スナックとかかと思ったら、なんと中華料理店でした。看板はいい感じで年季がうかがえる感じになっていますね!ネットで検索すると何か出てくるかと思ってググってみたのですが、出てきませんでした(笑)
どうやら桜木町の方に浜一番というやきとり屋があるようで、その情報ばかりが出てきてダメでした。この店にはどんな歴史があったのだろうか。。。
永真遊郭
街中に出現した、古い建物のスナック群。何か、遊郭につながるものがあると感じてしまうが、その理由は不明だ。
永真遊郭
ちょんの間のように、入り口がサザエさん家の玄関みたいになっていると、赤線の名残ではないかと思ってしまう。
永真遊郭
レトロな感じの建物をちょくちょく見つける中、こんな商店街も見受けられました。横浜橋市場という名前のようですが、看板に歴史を感じる。
永真遊郭
商店街の中にはこんなものも。昔ゲーセンにあった麻雀ゲームと、ものすごい埃をかぶったガチャガチャ!なんでここに??
永真遊郭
▲毎年11月に行われる酉の市
また、このエリアの西側には金刀比羅・大鷲神社(ことひらおおとりじんじゃ)という神社があります。この神社は、最初からこの地にあったわけではなく横浜の遊郭史に大変関係が深いのです。
大鷲神社は、横浜最初の遊郭である港崎遊郭に金刀比羅社を祀っていたわけですが、遊郭が高島町の辺りに移転した際に神社も移転。そこで、金刀比羅者から金刀比羅神社に改名し東京の吉原周辺にある鷲神社(おおとりじんじゃ)で行われていた酉の市(とりのいち)に習って、ここでも行うようになったんだそうです。
以前鷲神社に行って、吉原の近くで酉の市が行われているのは知っていて遊郭繋がりともあり何か関係があるとは思っていたんですがやはりそうでしたか!ちなみに、鷲神社は酉の市発祥の神社なのですな!
永真遊郭
神社に隅にはこんな石柱が見られます。これは、永真遊郭が大鷲神社に提供したものであり、ここに刻まれる「遊郭」の文字が唯一の確たる名残ではないだろうか・・。
永真遊郭
▲笑点でもおなじみの「桂歌丸師匠」の名前も
落語家の桂歌丸さんは、永真遊郭で育ったという話は有名のようです。歌丸師匠の祖母は永真遊郭にあった「富士楼」の女将さんだったようです。今はその痕跡は見られませんが、この地では結構大きな遊郭だったようです。
永真遊郭
▲曙町のホテヘルなどでよく使われるラブホテル街
また、遊郭跡の隅にはラブホテルが軒を連ねるエリアがあります。何でここにラブホが密集しているのかは謎ですが、これも遊郭跡の名残なのでしょうか??
このエリアを歩いて気づいたこととしては、やはり不倫カップルか何かのアベックが多いということ。さらには中国人系の方もちょくちょく目にしました。近くに曙町のような街があることだからということなのか。

毎年開催される酉の市

永真遊郭
上でも書いたように、ここでは毎年酉の市が開催されます。ということで、その酉の市の様子をカメラに収めようと祭りの時期に合わせてやってまいりました。私が訪れた2016年は11月11日と23日に開催されるようで、23日にやってまいりました。
ちなみに、酉の市は毎年11月の酉の日に行われます。行われる回数は2回の年もあれば暦によって3回行われることもあるという。
永真遊郭
で、早速やってきたわけですがこりゃど偉い盛況ぶりですわ!普段では考えられない人が押し寄せ、もう通りの両脇にひっきりなしに屋台が並び、お客さんもぎゅうぎゅう詰め状態!
永真遊郭
その酉の市を行っている金刀比羅・大鷲神社も大盛況中の大盛況!ただでさえそんな広くない境内には、人が並ぶ並ぶ。
永真遊郭
その列は神社から200mくらいずっと続いていました!
永真遊郭
しかし、改めて凄い人だ。取材の時間もそんなにないのでとりあえず撮りたいシーンを撮るために遊郭跡をひた走る私。バナナチョコ、焼きそば、牛串などを横目に(笑)
しかし、ここがもともと遊郭だったということを知っている方はどのくらいいるのだろうか?また、地元民でも当時のことを知る人はいるんでしょうかね?もしいるのであれば、ぜひ当時の様子などを聞いて見たいものだ!
永真遊郭
▲ラブホテルの前にも屋台が並ぶ
こんな光景も!上でも書いた通り、この一角にはラブホテルが集結している場所があります。そして、酉の市の際にはラブホ前であろうとも、問答無用で屋台が並んどります(笑)
この2つの屋台の後ろがラブホテルの入り口なのだが、ここに屋台が並んでいる光景が珍しくて面白い!
永真遊郭
こちらも、ラブホ前に佇む人たち。
永真遊郭
おばちゃんが隅っこでチヂミを焼いていたりもするぞ!この辺は韓国人の住人も多いのか、キムチやチゲ鍋などを店頭で売り出す店も多く見られました!
永真遊郭
こちらは、大通り沿い!なんかすげえ豪華絢爛なお店が並んでいるようですがこれは一体何なのか?酉の市について無知だったのですが、後々に色々調べているとこの屋台群こそが酉の市のメインでもあるようです!
永真遊郭
▲酉の市で売られている熊手
これらの屋台で売られているのは、「熊手」であります!熊手というと、あれです。落ち葉などをかき集める際に使う掃除道具と言えばわかりやすいでしょうか。
元々、酉の市は収穫祭として行われその際に「運をかき集める」ということから熊手が売られるようになったという。値段はいくらするかは不明ですが、こんだけ大きいと数万円は余裕でいきそうっすね!小さくて一番安いもので1,000円くらいのものもあるそうですが、だいたい20,000〜50,000円辺りのものが多いそうです。
といっても、その値段でそのまま売るわけではなく、値切り交渉も行われるという。現代の草食系男子には苦手な心理戦がここでは多く繰り広げられているようだ。
永真遊郭
多くの屋台が並んでおり、売っている熊手もデザインは様々。どの熊手を購入するかはその人次第であり、予算やデザインから選ぶようです。デザインに関しては、一般的には金銭的に余裕を持ちたいなら「小判」付きのもの、福を招きたいなら「招き猫」付きのものなどという言い伝えはあるが、好きなデザインから選ぶのもありなのだとか。
まあ、結局はその人の気持ちが高ぶればいいわけだ!
永真遊郭
熊手は、ただ購入するだけではない!購入すると「手締め」という手拍子を行って来年の商売繁盛を願うそうです。手拍子は「ヨヨヨイ、ヨヨヨイ、ヨヨヨイ、ヨイ!」の三本締めで締める。その後、写真左に写っている女性の方が背中をぶっ叩いて気合を入れて終了(笑)
どの屋台でも買うたびに行われるため、かなりカオスな光景となります!酉の市を訪れたのは生まれて初めてであり、来年は発祥の地である鷲神社の酉の市も行ってみようかという気分になりました!
永真遊郭
こちらは、たまたま見つけたのですが工場直販の肉まんが売られていました。何の肉まんかと思っていたら、「中国料理世界チャンピオンの肉まん」でした!横浜中華街に行ったことがある方なら、ド派手な看板に4人の料理人が写った看板を覚えている方がいるかもしれませんが、その肉まんですな!
ここが、工場だったんですね!いつもは毎週土曜のお昼時にしか売ってないようですが、本日は酉の市ということからか臨時で販売していたようです!
永真遊郭
せっかくなので、私も1つ買ってみた!1個100円。コンビニの肉まんの半分くらいの大きさで、食べやすい。味に関しては、普通にうまかったっすよ!

おわりに

永真遊郭
80年近い間遊郭として続いていた永真遊郭。その跡地は、閑静な住宅地となっており、酉の市の際には多くの人で賑わう街となっていた。しかし、当時の遊郭時代の詳細に関してはまだつかめてはいないのだが、資料等はどこかに眠ってはいないだろうか。
まだまだ、この遊郭には知られざる物語がたくさん眠っていそうです。。
ということで、本記事を書いた後、さらなる調査を行い永真遊郭に関する記事をまた書いたので、続きはこちらをご覧ください!↓↓

参考文献

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詳細・地図

住所 神奈川県横浜市南区真金町
アクセス JR関内駅より徒歩10分くらい
リンク https://ja.wikipedia.org/wiki/真金町
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