さつまいもで有名な青木昆陽を祀る「昆陽神社」に行ってみた!

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今回は、「青木昆陽」という男に注目します。
ちなみに、自分は青木さんを知っていたかというと、、、、確か歴史の教科書で見たことあるような、、程度でした(笑)
一体どんな方なのか、神社を紹介しつつ説明していきたいと思います。
そんで、昆陽神社に行くわけですが、場所は千葉県の幕張駅にありました。

駅から歩くこと10分強。
ようやく、神社が現れました!!
鳥居が赤色ではなく、何も塗られていないのは結構珍しいですね!
ってか、この神社なんか新しめなきがする。

昆陽神社

そもそも、敷地は結構広いんですが、何にもない・・・・!!

あれ?
先ほどの鳥居には「昆陽神社」と書いてありましたが、こちらの鳥居には「秋葉神社」と書いてあります。
どういうことだ??
しかもこっちの鳥居の方が、デカいし(笑)
境内に説明書きがあったので見てみました!
調べたところ、元々は建立は不詳でありますが、秋葉神社が建てられていて、その後に昆陽神社も同じ場所に作られたんだそうです。
神社が共存しているとは、これまた珍しいですね!!

こんな感じで、なかよく並んでおります!
左側が「秋葉神社」で、右側が「昆陽神社」。

これが本堂ということになるのでしょうか?
えらい小さいです!
昆陽先生は、サツマイモ栽培で有名なようですが、その他に「古文書」も作られていたそうですよ。
 ちなみに、ここは神社で昆陽先生のお墓は目黒にある「目黒不動尊」という場所にあるそうです。

飢饉を救った昆陽先生!!
日本の飢饉の歴史をせっかくなので学んでみますか。
飢饉は日本史で皆さんならいましたよね!
私は、「寛永の大飢饉」とか「天保の大飢饉」とか名前は覚えているんですが、具体的にはもう忘れてしまいましたわ・・・・・
日本における飢饉の歴史は、江戸時代に起こった江戸四大飢饉が有名のようです。
四大飢饉とは、「寛永の大飢饉」「享保の大飢饉」「天明の大飢饉」「天保の大飢饉」です。
ただ、「寛永の大飢饉」を除いて、江戸三大飢饉と呼ぶことも多いんだそうです。
これらの飢饉はいかにして起こったか??
その原因は・・・
自然現象なんだそうです!
冷夏、浅間山の噴火、冷害、大雨などなど・・・
確かに、当時は鎖国をしていたので、「ちょっと食い物無くなってきたから、海外から大量に輸入すっか!!」とはならないわけですね。
 サツマイモ栽培は、享保の大飢饉の際、この飢饉を教訓にと、徳川吉宗が青木昆陽に飢饉対策の作物栽培を命じたことから、始まったそうですよ!!

何もないものの、狛犬だけはきちんと配置されていました!
このなにもない場所には、何か建てられる予定なんでしょうかね??
それとも、単純に土地が余っているんでしょうか??

神社との対面には、このような広場がありました。
ここは、1735年に八代将軍である徳川吉宗の命令により、青木昆陽がサツマイモを試験栽培し、成功したところだそうです。
この場所以外では、「小石川植物園」「上総豊海(九十九里町)」でも試作されたそうなのですが、栽培が成功したのがここだけだったそうです。
果たして、たまたまなのか、それとも気候などの問題なのでしょうかね??

裏には普通にアパートがあり、なんかインパクトが薄れる気がしないでもないですが、このような立派な碑が建ておりました!!
碑には、「昆陽先生甘藷試作之地」と書いてありました。

甘藷栽培を紹介した人は昆陽先生以前にもいたそうなのですが、関東地方に広めたのは昆陽先生が最初で、幕府の事業として実施したため、全国に影響を与えたんだとか!!
今では、日本に住んでいれば食べ物に困ることはまずないし、食べ物に対するありがたみも忘れがちになっていると思います。
しかし、そんな日本も昔は食料に困り、飢えでなくなる人が大勢いたんですね!
歴史では学んでいたものの、今振り返って考えると、今は本当に恵まれているなと思い知らされた気がしました!!
歴史を学ぶことって大事なんですね!!
以上、昆陽神社でした!
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詳細・地図

住所 千葉県千葉市花見川区幕張町4丁目
訪問時間 いつでも訪問可
駐車場 なし
電話番号 043-245-5962
(千葉市教育委員会文化財課)
アクセス 京成幕張駅から徒歩で1分
リンク https://ja.wikipedia.org/wiki/昆陽神社

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