宇都宮の遊郭史を紐解くため「中河原・亀遊郭跡」を練り歩いた!

スポンサーリンク
今回の記事は、また色街に関する内容になります。宇都宮は、知の冒険の取材としては何度か訪れてはいましたが、色々記事にしている遊郭ネタもあるのではとネタをかき集めていたらやはりあったわけです。
今回の記事を書くにあたり、現地の方から情報を得ることもできたのでその情報も踏まえながら以下で紹介していきたいと思います。

宇都宮周辺の色街について

宇都宮周辺の色街に関してを地図で表すと上地図のようになります。先日は、今現在の色街調査ということで、東武宇都宮駅周辺のソープ街とJR宇都宮駅の飲み屋街に関しての記事を書きましたが、今回の記事の焦点としては昔の遊郭街であった中河原と新地になります。
現役の色街の内容に関しては、以下を見ていただければと思いまっせ!

中河原の遊郭跡を歩く

東武宇都宮駅を降り、オリオン通りを通ります。夜は閑散としていますが土日の昼間は結構人通りが多いこの商店街。中河原の色街はこのオリオン通りを進み、右に曲がるとたどり着けます。

オリオン通りを右折し、こちらのちょっと風情のある小川を越えると、中河原と言われた色街跡があります。

こちらはかつてのカフェーの建物でしょうか?看板が付けられたっぽい跡もあるようですけども。この中河原というエリアには、置屋はあったようですがそんなにメジャーな遊郭街ではないようです。宇都宮の遊郭というと、この後紹介するこのエリアの南側にある亀遊郭と言われるエリアがメインのようです。

歩いてたらこんなもの発見しました。中国の遊園地にいそうな偽ドラえもん。

色街跡ということで、スナックの看板も目にしました。しかし、このエリアは基本的に人通りは少なく、住宅街のような街でも人気をほとんど感じられないのがちょっと不気味に感じました。

飲食店のメニュー。なんか哀愁というか、悲しい感じだ。。

これもカフェーの建物でしょうかね?
なんか色街巡りをしてきて色々なカフェー建築や妓楼は見てきましたが、色街跡に来るとなんかいろいろな建物がカフェー建築に見えてきたり。。まだまだ、修行が足りませんな。。

中には旅館もありますが、こちらは転業旅館でしょうか?
このような旅館は今も多くの色街跡で見られますが、お客さんの入りはどんな感じなんでしょうか?

この階段、2階の窓から屋上に続いていますがどんな作り??

地元の方に話を聞いた!

以前に京都の猪崎遊郭の調査をした際に、地元のおばあちゃんから遊郭の話を聞いたことをきっかけに、遊郭跡に行った際には色々な方に声をかけるというスタイルに転じた私。今回の中河原に関しても何人かの方に話を伺うことができましたので、以下で紹介していきまっす!

ずっと地元で暮らすおばあちゃん

写真を撮ったり建物を眺めたりしていると、一人おばあちゃんと目が合い声をかけられました。

おばあちゃん:「この辺りは、空家ばかりなんですよ・・」
私:「そうなんですか。私は日本中の遊郭跡とかを巡っていまして、ここも元々そういう街だったということで調べに来たんですよ」
という感じで、おばあちゃんとの会話が始まりました。おばあちゃんは、ここで生まれてからずっとこの街で住んでいるそうです。売春防止法が施行された1958年頃は中学生くらいの頃で、学校に行くときには遊郭を横目に通学していたようです。
周辺には今でいう美容室などの店などがあった以外は、置屋ばかりが建っていたとのこと。ここに来るお客さんは、メインのお客はこういう方というよりは、色々な方がお客さんとして訪れていたようです。ただ、その他に当時のことを聞いてはみたものの、自分が小さかったこともあり、あまりよく覚えていないとのことでした。

今現在でいうと、とにかく空家が多くなってきていると言っていました。こちらの3階建てのお店なんかは、割とでかい建物ではあるもののもう誰も住んでいないままになっているそうです。
こちらの建物らも全て空家。人形が展示してあるお店は、ここに住んでいた方が趣味で作っていたようで、何かのお店だったそうですがすっかり空家になってしまったという。

こちらの家に関しては、持ち主夫婦がなくなりその息子も亡くなり現在はお孫さんが別の場所で暮らしてはいるそうですが、解体するのにお金もかかるということでずっとそのままの状態で放置されてしまっているようです。ただ、空き地問題に関してはここというよりかは、日本全体での問題となっていますよね。。。

こんな感じでピエロが展示している建物もありましたが、これは以前の所有者が趣味で展示していたそうです。今は空き家。。

この辺りでは、建物の写真を撮っている方はたま〜に目にしたりするそうです。私と同じように遊郭跡を回っているような方々かと。しかし、実際に今回みたいな形で話したのは初めてなのだそうです。「話しかけようとしても、なんか話しかけづらい感じがしてね。お兄さんは、何か話しかけそうな雰囲気だったからね」と言ってくれました。
話しかけて欲しいオーラ全開だったのが伝わったからだろうか(笑)「あんまり多くの情報を話せなくてごめんなさいね」と言ってくれましたが、とんでもない。話ができただけでもとっても貴重な経験ができて嬉しかったです。ありがとうございました。

昔から営業しているパン屋さん

続いてはこちらのパン屋さん。建物を見るにそれなりに古くから営業しているパン屋さんだと判断して店内に入ってみることに。そして、パンを一つ買いお会計の際に話を切り出してみることにした。
店員さんは60代くらいの男性でしょうか?遊郭の歴史を調べていると話すと、それ関連の話を幾つか話してくれました。店員さんは出身は東京で、ここ宇都宮に来たのは1970年頃のことだったそうです。1970年となると売春防止法が施行されてから10年以上経っているため遊郭街としては栄えていなかったものの、当時は裏通りなどに多くのたちんぼがいたようなのです。いわゆる、フリーの娼婦です。

赤線時代の名残のようで、中河原のたちんぼは全国的にも有名で幾つかの雑誌にも載ったほどだという。ただし、たちんぼをしていたのは女性だけではなく、女性の格好をした男性もいたんですって。もう何十年も昔のことではあるので、Googleでググっても中河原のたちんぼの話は私が検索した限りでは出てきませんでした。当時のことを知る方からしかなかなか知り得ない貴重な情報ですね。

中河原から少し南にある色街の痕跡

中河原から新地に行く途中にある遊郭の痕跡っぽい建物?
これは妓楼(ぎろう)ってことでいいっすよね??この家は空き家ではなくて住人の方がいるようです。しかし、実際に目の前にするとその存在感は本当に半端ない!!
写真ではなかなか伝えきれないですが、実際に見ると妓楼凄いっすよ!

張見世でしょうかね??

ついではこんな建物にも。。

こんなプレートが掲げてありました。
どんな歴史があったのか気になりますが、正体をつかむことはできませんでした。。

亀遊郭と言われた新地

中河原を前日に調査した後、翌日には亀遊郭と言われた場所の調査をしてみることに。亀遊郭とは上地図でいう場所。前日の中河原から南側に位置しており、道路の形が確かに亀の甲らのように見えなくはないのですが、それが「亀遊郭」と言われる所以(ゆえん)だったのでしょうか?

一人のおばあちゃんから話を聞けた!

亀遊郭へは、宇都宮城址公園から1本の通りをまっすぐ進んでいくとたどり着きます。この通りに転々と古い感じの建物も立っているし、何か聞いてみようと思い通りすがりのおばあさんに聞いてみることに。すると、宇都宮城址からまっすぐ伸びる道は「新地通り」と言われていたようです。

通りには新地食堂というストレートな食堂も存在しますが、通りの名前が新地だったことが由来するのでしょうかね??

電柱にも新地の文字が見て取れます。といっても、この辺の地名で新地という地名は今現在はありません。

新地跡を調査

新地通りをまっすぐ進むと、周囲よりは少し高台になっている場所に到着。ここが、遊郭があった場所のようです。ただ、ここはネットで検索しても色々調査されている場所であり、私が今回調査したことで新しく出てきた情報はありませんでしたけどね。。

 この先を曲がると、亀遊郭と言われたエリアに到達します!

この新地のエリアはとにかく道路が広い。何でこんなに通りが広いんですかね?
江戸の時代には、「火事と喧嘩は江戸の華」何て言われたくらい火事が日常茶飯事だったため、広小路という幅が広い通りを作ったりしたわけです。
この新地は、そんなことで通りを広くしたのか??ただの推測に過ぎないですがどうなんでしょうね??

新地はちょっとした高台にあるエリアとなっております。この場所にあった妓楼からは、栃木の大平野を見ることができたそうです。そして、この遊郭は昔は高い木柵で囲まれていたようです。遊女が脱走しない吉原でいうお歯黒溝のような役割だったのかは不明ですが、そんな一見刑務所とも感じれるような光景がこの遊郭にはあったそうです。
現在、この新地のエリアはすっかり住宅地に代わってしまい遊郭の痕跡はほとんど見られなくなってしまっています。しかし、南側の一角には色町の痕跡らしき建物が今でも残っています。それが、上の写真の建物。

こちらの建物は宇都宮の色街を書いてある記事であれば大抵出てくる建物。梨化にもの凄い歴史を秘めた建物のように感じます。中はどうなってるのでしょう??

窓に郵便番号のマークがありますが何で??

この建物は奥まで長く続いています。生活感は感じられずだれも住んでいないようですが、この建物はいったいいつ作られたものなんですかね?

そんな建物の隣にあるこちらの建物も有名なもの。

入り口の隣にある扉が張見世のような役割をしていたのでしょうか??
中が気になるな~~。。。
結局ここのエリアに住んでいる方は他から移住してきた方がどうも多いようで、当時の遊郭の事を知っている方と出会うことはできませんでした。。当時の話を聞きたかったんですけどね。。

おわりに

宇都宮のかつての色街をほっつき歩いては見たものの、当時を知る方からの話を聞けることはやはりリアルで大変貴重でした。ただ、まだまだ聞いてみたいことなど歴史を掘り返そうとすると本当にきりがないですね(笑)
宇都宮の色街に関しては、いったん調査はここまでにしようかとは思いますが宇都宮の街の歴史でも調べる時についでに掘り返してみようと思います!まだまだ、遊郭探訪は続く。。

参考文献

↓よければクリックをお願いします

詳細・地図

・中河原の色街
住所 栃木県宇都宮市中央5丁目
アクセス 東武宇都宮駅から徒歩10分
駐車場 なし
・亀遊郭跡
住所 栃木県宇都宮市河原町
アクセス 東武宇都宮駅から徒歩25分くらい
駐車場 なし

関連コンテンツ
関連コンテンツ



スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク