【後編】昭和の懐かしさが残るレトロ歓楽街「石和温泉」の現状を突撃調査した!

↑更新・取材裏情報はTwitterにて(^ ^)
はい、こんにちわ!!
今回の記事は、山梨県にある日本を代表する温泉郷の一つである「石和温泉」に関する記事になります。石和温泉といっても、温泉に焦点を当てているわけではなくそこにある歓楽街についてっす(*’▽’)
前編と後編の二部構成に分けていますが、今回は後編。石和温泉を取材していた際にであった、この温泉街にいる名物お母さんに関する記事になります!!
↓石和温泉の歴史や、そこで働く外国人女性たちの背景に迫った前編はこちらになりますm(__)m
本記事のポイント

・石和温泉には、「湯けむり通り」というに飲み屋などが密集している歓楽街がある
・50年近く石和温泉を見守り続けた名物お母さんがいる
・湯けむり通りにいる日本人の方は、わりとアットホームな印象(あくまで私の感想です・・)

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昭和レトロな雰囲気の歓楽街

前編の記事でも書いていますが、石和温泉は1961年に山梨交通の保養所を作るために井戸を掘削していたら、突然温泉が吹き出したところから始まった温泉街。そのため、歴史としては割と新し目といったところかと思われます。
石和温泉は、温泉街といっても旅館はいろいろな場所に点在しており、さらには温泉街としての見所があるというわけではないんですよね。その中でひときわ目が行くのが湯けむり通りという通り。
▲レトロな歓楽街の雰囲気の「湯けむり通り」
昼間は閑散としているものの、夜になると歓楽街の明かりが灯るようになり少し時代が後退したような懐かしき雰囲気の街となるのです。ただし、人通りはまばらで土曜の夜でも多いとは言えない感じ。。
そんな通りを歩いていたときに、2人の方に取材することができたました。前回の記事では、とある外国人パブのお店で石和温泉に長くいるおっちゃんに取材することができたことを書きましたが、今回は同じく石和温泉に長くいるお母さんを取材した話です。

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石和温泉を50年見続けてきたお母さんに出会う

湯けむり通りを歩いているときのこと、とある女性が十字路の角に立っているのを発見。年齢は60代後半か70代くらいのおばあちゃん。あ〜あれはただの飲み屋の客引きではないなと察した私。
というのも、石和温泉に来る前にここがどんな街かをレンタカー屋さんに聞いてみたところ、「一箇所だけそういう客を引いている方が確かいたはずですよ!」とおっしゃっていたので、それがどこなのかを気にしながら散策していたものですから!
ってことで、果敢にお母さんに話しかけてみることに!
私:「どうも、こんにちは」
お母さん:「あ〜お兄ちゃん、今日はどう?遊んで行かない?」
いつものように話しかけ、さらにいつものように「遊んで行かない?」と返答されるおなじみのやりとり。しかし、自分が街の歴史を知りたくてここに来ている旨を伝えると、お母さんは色々と親切に教えてくれました。さらにはお母さんと一緒にいる運転手(お客さんをホテルへ運ぶ運転手)の方も色々と教えてくれました。
▲お母さんと温泉客
私:「お母さんはいつから石和温泉にいるんですか?」
お母さん:「昭和43年からだから50年くらいになるのかな。私はこの街では有名なんだよ!雑誌の記者も昔取材に来たことがあってね、だから雑誌にも載ったことがあるの。」
私:「え~そうなんですか。今って石和温泉はどんな感じなんですか?」
運ちゃん:「もうね、石和は枯れちゃったよ。日本人が来なくなって中国とかの外国人が増えてきたわけよ。でも中国人はこの辺の飲み屋は入らないから、彼らは歩くだけでお金使わないのよ。買い物するくらいかな。」
この通りの奥にはデイリーヤマザキがあるのですが、そのコンビニの中でもやたら中国語の張り紙が貼っていたのを見ているので、やっぱり中国人客は多いんだな~と。お客が少なく寂れているってのは、周囲を見ても納得。ただ、日本人客が少なく外国人(特に中国人)が多いというのはここだけの話ではないと思いますけどね。。九州の温泉街とかは結構中国人に支えられている印象。。
ちなみに、お母さんがやっている客引きのシステムについて。交渉成立したら運転手さんがホテルまで送ってくれます。一方、女性は自分の車で甲府当たりの方から車を運転して自分でホテルまでやってくるとのこと。さすが地方。
女性は日本人で、20~30代がいるという。お母さんはあくまで客引きで、あとは運転手の方と女の子を取りまとめている社長さんがいるそうです。「社長さん」とは、お母さんがそう呼んでいたのですが、いわゆる置屋ってことですね。サービス内容に関しては、ここでは書かないようにします(笑)

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「私は昭和43年からここにいるからね。」というように、お母さんは50年近くこの街を見てきているという。昭和43年というと、西暦に直すと1965年。ここに温泉が出たのが1961年なので、この温泉街の歴史をほとんど知り尽くしているとも言えるのではないかと!

外国人パブの女性とも仲良くなった!

▲すごい怪しいネオンの外国人パブ
お母さんと話していると、すぐ近くにある外国人パブから2名の女性がこっちにやってきました。どうやら彼女たちもお母さんが立っている十字路にたまに出てきては、お客さんを引いているようです。
そしてその外国人の一人がとってもテンションが高くノリのいい女性で、いきなりのハイテンションで私に絡んできました(⌒-⌒; )
▲テンション高めのコスタリカ人
外人:「あら〜〜〜お兄さん、どうしたの?」
お母さん:「この人はね、私の彼氏だよ!!」
・・・・
出会って、5分ちょい。私はお母さんの彼氏になったようです(笑)
まっそんな冗談はさておき、絡んできた女性はまさかのコスタリカ人。もう一人の女性はタイ人でした。外国人パブの名前が「マニラ」なので、てっきりフィリピンパブかと思ったのですが、経営者がフィリピン人なだけで、大抵がタイ人なんだそうです。
そして、初対面にもかかわらず出会って10分くらい話していると、なんか完全に私もここのグループの中に入ったような感覚になって全然関係ない雑談とかもしちゃったりしていました(*’▽’)
そんな様子を収めようとカメラを取り出すと・・
外人:「アラ〜〜カメラ?ナニシテルノ?」
私:「この辺の雰囲気を写真に撮ってるの!!」
外人:「アッ、ソウ!」
ちなみに、私は今回スーツを着ながら取材をしています。。というのも、普段の平日に行っている仕事がスーツ着が義務付けられており、着替えを持ってきてそのまま石和温泉まで来たものの、すぐに着替えるのがめんどくさくてそのまま取材に出たっていう背景です(笑)

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とある男性客グループとの遭遇劇!!

▲取材中に現れた男性五人衆
そんな感じでお母さんを取材している中、我々のもとに5人組の男性客がやってきました。彼らは少し出来上がっているようで、少しテンションも高め↑↑(*’▽’)
どうやら遊び場を求めてさまよっているさなか、ここに辿り着いたようです。そして、スーツを着てカメラを持っている私にも気さくに話しかけてくれましたが、彼らは私の格好を見て実話ナックルズの記者か、警察の生活安全課の人間だと思ったようです( ;∀;)
確かに、こんな地方の歓楽街でスーツ着てたらちょっと構えちゃいますよね!!ただのブロガーっす(笑)
▲コスタリカ人と談笑が始まった・・
このコスタリカ人の女性はとってもテンションが高く、お客さんもそのハイテンションが気に入ったようで談笑が始まっていました。この女性はよくしゃべるしよく笑うし、お客さんは酒も入っているのでめっちゃくだらないことで笑いあったりと、なんかとってもアットホームな雰囲気に( ´ ▽ ` )ノ
そしてお母さんも男性陣に話しかける。
お母さん:「どうするの?こっちだと全部で20,000円だよ。」
客:「え~イチゴだったらいくよ。イチゴじゃダメ??」
お母さん:「何言ってんの、石和じゃ日本人は20,000円以下はないんだよ。今はホテルはどこも高いんだから!」
こんな感じでお母さんとお客さんの交渉が行われたりするも、結局男性陣はお店に行くことはなくどこかに行ってしまいました!!ただでさえお客が少ないものの、お母さんも大変だ。。

「死ぬまでここに立ち続ける!」と宣言

お母さんが石和温泉に来てから50年。最初は芸者をしていたそうですが、後に今の客引きになることに。
お母さん:「私は今74歳だよ。おばさんももう歳が歳でしょ。だからいつお迎えが来るかわからないけどね、元気なうちはここにずっと立つつもりだよ。」
私:「今は病気とかはされていないんですか?」
お母さん:「いや、あるんだよ。ちょっと前に複雑骨折をしてね、今はリハビリ中なの。だからさ、これが必要なんだよ!」
これって、何かと言うとこのことです(笑)
どこから持ってきたのかわかりませんが、酒を入れるケースを逆さにしてここに良く座ったりしているとのこと!!
そして、ちょっと気になったのでお金に関する話も聞いてみました。
料金としては、ホテル代込みで20,000円。このうち、お母さんの手取りは3,000円で、残りは、対戦相手の女性と女の子を取りまとめている社長さん、運転手で分けるそうです。ただでさえ人通りが少なく、お客を捕まえてようやく3,000円なので割は良くはないでしょうね。
ただ、お母さんには場所代が一切発生していないというのが大きいんですね。
「場所代」って何かと言うと、都会の繁華街で客引き行為を行っている男性は、街に立たせてもらう代わりにその地域を仕切っている連中に場所代を払うケースがあります。街によって金額は様々なわけですが、このようなお金を払う必要がお母さんにはないそうなんですね。
というか、お母さんの存在は山梨県警の方だって当然ご存知なはず。でも、もう長年ここに立っていて警察の方もお母さんに対しては見て見ぬ振りをしてくれているんだそうです。だから、警察だとかその辺の心配をすることなくここに立つことができているとのこと。
私と話している間は、色々な方が前を通りましたが大抵の方がお母さんの知り合い。中には、車の速度をお母さんの前に落として、挨拶しながら通り過ぎるという方もいたり。アットホームな雰囲気を感じれるほのぼのとした雰囲気でした。

おわりに

52年もの長きにわたって石和温泉を見守ってきたお母さん。
とても愛嬌のあるお母さんなので、20代や30代の人には孫のように接してくれると思います。74歳と高齢ではあるものの、元気で頑張ってほしいな〜と思いつつ、街を後にしました。
ちなみに、石和温泉についてはまだ記事にできそうなネタがあるため、今後続編を書くかもしれないです(取材ができるかわからないので、もしかしたら頓挫するかもですww)。ということで、2つの記事にて石和温泉の夜の現状を紹介しました。
印象としては、とってもアットホームで和みやすい雰囲気の方が多い街という感じですかね。なので、石和温泉に行って湯けむり通りを歩くことになったら、昭和レトロな街を堪能しつつお母さんに挨拶でもしてあげてくださいね( ´ ▽ ` )ノ

参考文献

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詳細・地図

住所 山梨県笛吹市石和町川中島
アクセス JR石和温泉駅より車で5分ほど
リンク https://www.isawa-kankou.org/
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