懐かしい電話機だらけの門司電気通信レトロ館で、電話の歴史を学ぶ!

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こんちわ!

今回は久々に博物館に関する記事になります。最近色街関係や銭湯関係の記事が多くなってますが、博物館ネタも溜まりまくってるのでちょくちょく放出していかないといけないですね!

んで、何の博物館を紹介するかというと、福岡県北九州市の門司にある「門司電気通信レトロ館」という電話に関する博物館です~!

ここ、たまたま見つけてふらっと訪問したんですが、昔の電話機がたくさん展示してあったりと電話に関して学べるめっちゃくちゃ面白い博物館だったんです(*’▽’)

ということで、そんなレトロ館の紹介とともに電話に関して学んでみましょう~!

本記事のポイント

・懐かしい電話機がたくさん並んでいる!
・日本初の電話帳が展示されていて、著名な方の名が書かれている
・電話の歴史を一通り学べる無料の博物館!

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粋な街並みの門司港レトロ

レトロな街並みで有名な門司

九州の玄関口であり、昔は交通の要所でもあった門司(もじ)。

今では昔の建物をいかした『門司港レトロ』をキャッチフレーズに懐かしい町並みで人気を博し、B級グルメとして焼きカレーが有名でもある街っすかね。

門司だと、以前は門司港の象徴ともいわれ、出光興産の創業者でもある出光佐三(いでみつ・さぞう)が通ったことでも知られる料亭「三宜楼」を取材して記事化もしていたりします!

テニスコート跡地に建つ門司電話局

が、今回紹介するのはこちらの博物館っす!

建物の上部に「NTT」と書いてあるように、ここは山下鉱業テニスコート跡地に建てられた門司電話局だった建物なんですね。

この建物は1923(大正12)年2月23日に起工し、1924(大正13)年10月18日に門司郵便局電話課庁舎として竣工。あまり見けることのない斬新な形をしていますな~。

ちなみに設計者は、東京浅草にある聖橋、日本武道館、京都タワーの設計にも携わった山田守氏(1894 – 1966)だったとのこと!

入り口の上部も歴史を感じるプレートが掲げられていましたよ!

ではでは、早速中に入ってみることにしましょ~~!

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懐かしの電話機が並んでるぞ!

中はこんな感じ。

私が訪問したのは平日の日中だったこともあってか結構すいてました!

館内中に様々な電話機が置かれていて、これはこれは大変面白そうな博物館な気がしましたわ。

案内ビデオにて電話の歴史を学ぶ

館内を見回る前に、まずは入り口近くにあるこちらのビデオを鑑賞。これ、結構よくできたビデオで、これだけでも大まかに電話の歴史がわかるかと思います!

私はマジで見入りました!

懐かしい数々の電話機

ビデオを鑑賞した後は、いよいよ館内の電話機を見てみることに!

いや~もうね、昭和62年生まれの私でも「あ~昔こんな電話機見たな~」ってのがたくさんありましたよ!

そして、ここは受付の方が館内の展示物を見ながら解説もしてくれるんですね。ということで、私もいつものように説明を受けることに!

ではでは、まずはこれらの電話機を眺めながら電話の歴史を追ってみましょうか(*’▽’)

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電話の歴史に迫ってみよう!

たくさんの電話機が並んでた

館内には昔からの超レトロな電話機から現代のスマホまで、本当にいろんなものが展示してありましてですね、、、一個一個全部説明してたら超長い記事になりすぎてしまうので、いくつかピックアップしていきますね!!

日本初の電話機

まずはこちら!

これらの電話機を見ながら「日本の電話の歴史っていつからなのかな〜」と思っていたら、日本初の国産電話機が誕生したのは1878(明治11)年なんですってね。電話機の原理は、アメリカのグラハム・ベルが発明した電話機を1877(明治10)年に輸入して、それを基にして製造されたんだそうです。

ただ、国産一号機の電話機は、通話品質が劣っていたこともあり実用化には至らなかったんですね。。

ちなみに、公衆電話が日本で初めて誕生したのは1890(明治23)年12月16日のこと。ただこの時は街頭にあったわけではなく電話所が配置されて、東京に15箇所、横浜に一箇所、設置されたんですって!

そんで街頭に日本で初めて電話機が設置されたのは、1900(明治33)年9月11日で、東京の新橋、上野に初めて自働電話(公衆電話)が設置。自動式じゃないのに自働と呼ばれていたらしい。。何でだ??

上の写真の電話機の右側にはハンドルが付いてるのがわかりますかね?

このハンドルを回すと電話交換手につなぐことができるんですが、昔は今のように電話かけただけでは相手につながらず交換手を通す必要がありました。明治の頃はハンドルを回してつなぐ必要がありましたが、大正時代になると自動で交換手につなぐようになり、昭和に入って交換手が無くて自動で相手につながるようになっていくんですね。

交換手に関しては、また後で説明します!

雨宿りにも使われたとか

んで、1900(明治33)年10月にはこんな感じの本格的な街頭電話ボックスが東京の京橋に登場。雨宿りにも使えると人気を呼んだそうです(笑)

ちなみに、当初の電話ボックスは海の灯台をイメージして作られたんですって。

懐かしの卓上電話機たち

そして、時代が経つごとにこんな感じの電話機が続々と誕生!

回転ダイヤル式電話機という指を入れて半時計に回しまくる形式や、ボタンを押すという押しボタン形式(プッシュ形式)どちらも展示されていますね。平成生まれの人だと、ダイヤル式ではどうやって電話かけたらいいかわかんない人も多いんじゃないですかね〜〜??

4号自動式卓上電話機

そして昔の電話機の定番と言ったらこれじゃないっすか!?

黒電話とも言われるこちらは、「4号自動式卓上電話機」という正式名称を持っているようで、私が生まれたときに実家にあった電話機もこれだった気がする!

1950(昭和25)年に誕生したということで、戦後の割とすぐの時期からあったんですね。懐かしいな〜このダイヤルを回す感触を再び味わってみたいものです( ̄▽ ̄)

白や緑色の電話機も

ちなみに電話機というと黒がおなじみかもしれませんが、他にもこんな色があったようです!

ずらりと並んだ赤電話

まだまだありまっせ~!

今では公衆電話は緑色の印象があると思いますが、昭和の1950~70年代ころまででしょうか、このころは赤いこんな感じの公衆電話が街中にあったそうです。色が赤い理由は”目立つ”から。郵便ポストと同じ理由ですね。

電話を掛けるときは硬貨を投入するわけですが、もともとは料金は後納式だったのが前納式にもなっていきます。

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100円玉が使える黄色い電話機

あとは、黄色い公衆電話があったり。

この電話機を黄色くした意味は「100円玉が使えます」ということらしい。ところがどっこい、この電話機が出た当時は「公衆電話 = 赤色」というイメージが強かったことから、結局赤電話でも100円玉を使えるようにしたんですって!

100円が使える赤電話

この電話機なんかは、10円玉も100円玉も使えるようになってますよね。

ただし、電話機の下部に黄色い線が入っているのがお気づきですかね。これ、やはり「100円が使える=黄色」ということを踏襲するために、黄色い線を入れてるんですって。

なるほどね~。

そして、基本的に赤い電話機はタバコ屋さんに置かれていました。

詳しく言うと、電話局がタバコ屋さんに委託して電話を置いてもらっていたんですってね。なので、タバコ屋さんはお店を閉めるときには、何かあったら大変なので電話も閉まっていたんですね。

24時間使える意味の青電話

そこで登場したのが、この青色の電話機。赤電話はタバコ屋さんの営業時間でしか使えないが、「青い電話機は24時間使える」という意味で色が付けられていたんだそうです。

大型ピンク電話機

そしてこれね。私も、小さい頃に中華料理屋とかに出かけるとよく見かけた覚えがありますよ。

電話機は目立つように赤色になってましたが、次第に喫茶店や病院、学生寮などにも置くようになってくるわけですが、「ちょっと目立ちすぎて落ち着かない・・」という声をいただいたため、赤色をやわらげたピンク色になっていくわけです。

1972(昭和47)年に、新型赤電話と同じ形で直接通話した時分に応じて10年硬貨を投入するという仕組み。こちらもダイヤル式のため、桁数だけ時計回りにダイヤルをブン回しまくります!!

2004年に生産が終了して、翌2005年に販売は終了。でも、今でも古いスナックとか行けば見かけたりするんですよね~。

赤色の電話はNTTが委託して置いていたこともあり、1999(平成11)年に全てNTTが回収したわけですが、ピンクの電話は買い上げだったこともあり、お店が使う限りは店内に置かれているんです。なので、今でも見かけることがあるんですな!

カード式公衆電話機

そしてこれですわ!

この緑の電話ボックスなら誰もが見たことあると思いますが、こちらの電話機の正式名称は「カード式公衆電話機」とのこと。

1982(昭和57)年に誕生した電話機で、テレフォンカードと10円、100円硬貨も併用して使用でき、長距離通話の利便性をより高めた電話ボックス。

ここからテレフォンカードが使えるようになるわけですが、カードが使えるようになったのは「100円玉で電話した時に、おつりが出ないと損した気分になる」ということかららしいです。

であれば、その残りの分を次回に使いまわせるようにという背景から、テレフォンカードが誕生したんですな!

デジタル公衆電話

さっきの緑の公衆電話以外に、こちらの灰色の公衆電話も見たことある人は多いんじゃないですかね。

こちらは1990(平成23)年3月にISDN回線を利用したデジタル公衆電話機。通話以外にもパソコン、ファクシミリなどの情報端末機器と接続し、データの送受信などが可能になりました。

そうだったんだ。。これ使ってた時は私は小学生か中学生の頃だったので、その辺の背景は知らなかった( ;∀;)

さっきの緑色とこの公衆電話は、今でも駅とかを探すと比較的簡単に見つかるんですかね。私が小学校とかの時代には至る所に公衆電話はありましたけどね。

ICカード専用 公衆電話機

あ~こんな電話もありましたな。多分私は一度も使ったことはないですが、街中で見たことはあるんですよね~コレ。

この電話は1999(平成11)年3月に磁気テレフォンカードの変造などから、セキュリティをより重視したICカード専用の公衆電話サービスが開始されたのです。あと、ICカードとテレフォンカードの違いはチャージが出来るか出来ないかです。テレフォンカードってチャージできないっしょ。

ところが、この時期から携帯電話の利用が拡大していたし、みんなが持っていた(磁気の)テレフォンカードが使用できないということもあり、実際に取り付け建てた台数は一割にも満たなかったとか・・。

そして、2006(平成18)年3月末に役割を終えることになったのです。

なるほどね~、この電話機はあんまり普及しなかったんですね。ってか公衆電話のICカードってあったんすね。。多分見たことないわ。。

ということで、一通り電話機を説明しましたが、赤や黄色、青色それぞれに意味があったりとこの辺の背景を知るのは本当に面白い!

ではでは、次のページでは日本で一番最初に使われた電話帳のはなしを。

続きはこちら!177は大隈重信の番号だった!?
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