甲州街道最大の難所を通る「笹子トンネル」その歴史をまとめた!

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今回の記事は、トンネルに関するお話です。
今まで、知の冒険では青函トンネル丹那トンネルなどのトンネルに関して詳細に紹介してきました。
で、今回のターゲットは山梨県東部に位置する「笹子トンネル」でございます。東京方面から山梨県に行く際には、一般道でも鉄道でも高速道路でも通るこのトンネル。普段は何気無く通っているかもしれませんが、このトンネルができたことで甲州側の物流の革命が起こったのです。
そんな、笹子トンネルの歴史や背景に関してを詳細紹介していきたいと思います!

笹子トンネルはどこにある?

笹子トンネルはどこにあるかというと、上の地図で黒丸をつけたところになるわけだ!!山梨県の中央部分である甲府市から東に位置する場所で、大月市と甲斐市を突き抜ける形となっています。
甲州街道最大の難所と言われ、開通前は甲斐と江戸の交通の大きな障壁となっていた場所!そんな場所を数分で通過できる現代、本当に便利な世の中になったものだ。。。

笹子トンネルは何本も通っている

笹子トンネルには、笹子峠付近に4本(上下で分かれているものは1本とする)通っています。上の写真はGoogleMapを拡大した地図ですが4本通っているのが分かりますでしょうか?詳しくは以下で説明します。

はい、ちょっと詳しく書くとこんな感じ。
では箇条書きで簡単に1つずつ説明していきます。
・笹子隧道(県道212号線)
旧甲州街道の一番の難所である笹子峠を結ぶ隧道です。1938年に完成し、現在の甲州街道である新笹子隧道が開通するまでの20年もの間、重要な役割を果たしていました。
・新笹子隧道(国道20号線)
 1958年に完成した現在の甲州街道である国道20号線にあるトンネル。開通当時は有料であったよなのです!このトンネルが開通したことにより、甲府−東京間の移動・輸送が大幅に改善されたんだとか!
・新笹子隧道(中央自動車道)
中央自動車道にあるトンネル。上りと下りそれぞれ分かれているため、つまり2本のトンネルが掘られているということにある。このトンネルといえば、下り方面のトンネルで2012年におこった「笹子トンネル天井板落下事故」の記憶が新しいであろう。。
・笹子隧道(中央本線)
中央本線を通る笹子トンネルは一番歴史が古い。全長4,656mであり、開通当時は世界一長いトンネルだったのだとか。当時としては、最新の工事・掘削技術を先進的に導入し8年の工期を6年で完成させた。

新笹子トンネル開通による物流革命

1958年に開通した国道20号線にある新笹子トンネル。このトンネルの開通は、山梨県によってまさに悲願だったのです。では、そのトンネルの開通に関するお話を以下で紹介します。

新笹子トンネル開通前は移動が大変だった

新笹子トンネルが開通するまで、山梨県の交通はどうなっていたのか?ルートとしては上図のように「笹子峠ルート」「御坂峠ルート」の2通りがあったようだ。距離的には、笹子峠ルートが最短ではあったものの、このルートは笹子峠付近の道が非常に険しく、甲州街道最大の難所であったため、敬遠されがちだった。
そのため、御坂峠ルートで東京に出る人が多かったようだ!しかし、御坂峠の道路環境はいいかというとそうでもないようだ。。こちらも急勾配でカーブが多いため輸送能力は低く、道路整備は大きな問題であったのです。
当時は中央線も通っていた。しかし、中央本線の沿線は地形が急であった。中央本線の笹子トンネルは1903年に開通したものの当時は単線であった(1966年に複線化)。そのため、ブドウなど年々輸送量が増加してきて、鉄道では裁ききれなくなってきていたのです。
そんな状況だったため、1953年の「産業振興総合計画」をたて、1956年に日本道路公団の発足と同時にこの公団によって工事が進み、1958年に新笹子トンネルが開通したのです。

開通した新笹子トンネルとは?

1958年に開通した、新笹子トンネル。片側1車線で全長2,953m・幅員7mで通過するのに大体5分近くを要するトンネルです。トンネルができた当時は、関門トンネルに次ぐ、日本で2番目に長いトンネルだったそうです。
ただ、開通後は現在のように無料ではく、有料道路だったそうです。通行料は普通車で250円。その後、開通から13年後の1971年に無料化して現在に至るそうだ!!

そんな新笹子トンネル。現在のトンネルは老朽化が激しいということもあり、新たなトンネルを掘るという!確かに、今のトンネルは歩行者や自転車では非常に通りづらく、まあ幅が広くないので、回収して安全性などが向上するのであれば、期待したいところです。
インフラ設備の寿命は、平均50年と言われています。このトンネルも50年以上が経過していますし、最近では「笹子トンネル天井版落下事故」も起きているので、改修時かもしれないですね・・。

ちなみに、新笹子トンネルは高さ3.9m以上の車は通行することができません!っていわれてもどんだけデカイ車なんだ?3.9m以上って??

開通によって生まれた効果とは?

で、新笹子トンネルが開通したことによりどんな効果が生まれたのか?
まずは、山梨県の名産であるモモやブドウの輸送が、貨物からトラック輸送にどんどん切り替えられた。そして、トラック輸送をする際には御坂峠ルートに比べて30km近く短縮をしたことや道路幅が広がったことにより大型トラックで輸送できるようになったことから、「ガソリンの節約」「車体耐用年数の延長」「積載量の増加」をすることができた!
その他には、以下のような効果もあったようだ。
・車両の維持管理費削減
・ドライバーの労働効率の向上
・いちごの栽培が盛んになった
→荷痛みが激しいいちごは御坂峠ルートで運ぶことが不可能だったものの、トンネル開通により促成イチゴの栽培が可能になったようです
・京浜地方からの観光客の増加
言われれば確かにという感じですが、イチゴの栽培が可能になったというのは意外!
1つのトンネル開通により、山梨県は多くの恩恵が受けられたようです。

旧甲州街道である笹子峠をゆく

一方、1958年に国道20号線の新笹子トンネルが開通する前は、笹子方面を通る際は旧甲州街道である県道212号線が使われていました。今では、国道20号線の陰に隠れ、ほとんど車が通ることはないこの旧甲州街道を、調査していきたいと思います!

こちらは、大月市側(東側)から新笹子隧道に向かう箇所。

ここが、国道20号線である現甲州街道と、県道212号線である旧甲州街道の分かれ道になります。今までは国道20号線を何回も通っていましたが、今回は笹子峠の調査のため左側へと侵入していきます。

そんな旧甲州街道である県道212号線は、本当に誰も通らないひっそりとたたずむ道路となっています。途中には、線路がない所に踏切の警報機が。。

ちょっと進むと、すぐに木に囲まれた山道となりました。そして、道が狭くなってきた。今では国道20号線はもちろん上下それぞれのレーンがありますが、この山道が主要道路だとこりゃ大変ですわ。。

ひたすらくねくね曲がりまくり、山道を登っていきます。どんどん標高が高くなってきたようで周囲がガスってきました。もうすぐ、笹子峠に到着するはずなんですが・・・。

こ、これは。。( ゚Д゚)
こちらが、旧甲州街道である県道212号線にある笹子隧道!まじですごいです!なんか、魔界へと続いているというか、ゲームだと間違いなくこの先にラスボスが潜んでいるでしょうな。
調査した本日は周囲がガスってきたこともあり、より神秘的な空間に感じました。
甲州街道一番の難所といわれたこの笹子峠。1936年~1938年まで国庫補助を入れて286,700円の工費を投入して1938年に完成しました。
現在国道20号線にある新笹子隧道が完成するまでの約20年間、この隧道は山梨や長野方面から東京までを結び要所としての大役を果たしました。その後、1998年には登録有形文化財に指定されました。

トンネル内は、まさに漆黒の闇!ライト一つないトンネルとなっています。そして、このトンネルはめちゃくちゃ狭いです。どんなに小さい軽自動車であってもすれ違うことは無理だと思います。
そして、真っ暗なので徒歩で通り抜けることもまず無理です。怖いし・・。通り抜けた人は結構な勇者です( ゚Д゚)
しかし、時代の進歩はすごい。普段山梨に行く際には何度も通っていた現国道20号線にある新笹子隧道だと、ほんの5分程度で通り抜けてしまいますが、昔の方はこんな山道を通っていたのですね。これは大変感慨深い。。

ちなみに、そんな県道212号線には1つの名所があります。それがこの「矢立の杉」。この杉は、その昔、武士が戦場に出かける時にこの杉に一番矢を射たてて、戦勝を祈願したといわれているようです。
そして、写真ではちょっと伝わりづらいかもしれませんが、この杉マジででかいです!何気なく寄ってみたものの結構な衝撃を受けましたよ!

ということで、改めて地図を見てみましょう!国道212号線は、上記で見せたように走りづらい山道を数十分も走らなければいけないわけです。でね、地図を色々見てみるとこのような、複雑な旧道とそこをまっすぐ突き進むトンネルって本当に入り入りな場所で見られるわけです。
普通なら、何気なくトンネルを通る所をあえて旧道を走ってみるのも、面白い発見にあうかもしれませんよ(^^)/

2012年の笹子トンネル天井版落下事故

笹子トンネルを語る上で、この事故のことを避けることはできないでしょう!!
事故が起きたのは、2012年12月2日の午前8持ごろ。中央自動車道の通る笹子トンネルの上り線の天井版が突如落下。その天井版が通行車を直撃し、死者が出たという大事故であった。
9名の死者と2名の重軽傷者を出してしまった。最終的には、事故で亡くなった遺族の方が管理会社である中日本高速道路に対して、損害賠償の訴訟までしたという。判決は原告側の勝訴に終わった。

事故の原因は何だったのか?

NEXCO中日本のHPでも事故についての詳細が載っているので、気になる方はこちらをご覧になってください。
https://www.c-nexco.co.jp/corporate/safety/sasago/
原因としては、以下のような事が考えられるようです。
・天井板を支えていた天頂部接着系ボルトには、想定していた以上の負荷がかかっていた
・トンネルの天井に対する点検では、ボルトに近接しての目視・打音が未実施であった
・接着系ボルトについては、削孔深さと埋め込み長が一致しないまま施工された
つまり、この事故では仕方なくして起こったわけではなく、原因があり、二度と同じ事故が起きないように今後に向けて事故防止策を張る必要があるのですね。

事故後はどうなったのか

事故後、中日本高速道路は再発防止に向け「安全性向上3カ年計画」を策定。トンネル内の構造物に二重の落下防止策をとるなどした。
事故現場にあったワゴン車に関しては、中日本高速道路は「永久保存して社員教育などに活用する」と表明したそうだ。このワゴン車は、川崎市にある研修施設の「安全啓発室」に保存されているという。

おわりに

と、まあ長くなりましたが以上が笹子トンネルに関するお話でした。今回は、笹子トンネルに関してでしたが、日本中にあるトンネルなどのインフラ設備には、普段何気なく利用していても、深く調べてみると色々な物語があるものです!!
今後も、リニアモーターカーが出来たり技術が進歩してより多くのインフラ設備ができてくると思いますが、何気なくでなく背景や歴史を知ることでよりありがたみがわくもんですぜ!!
今後も、多くの知られざる歴史を紹介していきたいと思います!
以上、笹子トンネルでした~(^^)/

参考文献

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詳細・地図

住所 山梨県甲州市大和町初鹿野
リンク https://ja.wikipedia.org/wiki/笹子トンネル

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