茨城県に残る昭和の魔界バラック群「塙山キャバレー」に潜入して歴史を紐解いた!

今回は、茨城県にある塙山(はなやま)キャバレーに関する訪問記になります。ここは、茨城県の北部に位置するんですけど、前から気にはなってたんですよね。ただ、そっち方面に行く機会がなかったので、しばらくお預けしていたんですが、ちょっくら行く機会を作ったので訪問しやした。
私はお酒が弱いので、飲み屋とか行かないんですけど、取材のため無理くり特攻しましたよ!ということで、塙山キャバレーがどんな場所か、紹介していきましょう!!
本記事のポイント

・塙山キャバレーは50年近い歴史があり、バブル期あたりは治安が悪かった
・NHKのドキュメンタリー番組で取り上げられたり、ドラマの撮影で超大物有名人が来たりもした
・何度も存続の危機にあり、さらには東日本大震災に直面しつつも乗り越えた!

スポンサーリンク

HITACHIのお膝元に位置する「塙山キャバレー」

塙山キャバレーがあるのは、茨城県のちょい北側にある日立市。日立市といえば、日本を代表する巨大メーカー企業である日立の城下町であるわけです。
▲茨城県の有名観光地「牛久大仏」
ただし、茨城県は「魅力度ランキング最下位」という不名誉な記録をもつ県なんですね。確かに、茨城県というと有名なのは偕楽園と牛久大仏くらいっすかね。。
▲日本を代表する同様の作家であった野口雨情の生家資料館
ただ、北関東にも探せばあるんですよ、見所は。といっても、お勧めできるのは「野口雨情生家資料館」くらいか??野口雨情とは、「しゃぼんだま」「赤い靴」などの有名な童謡を作った方で、その生家が資料館として開放されているのです。有料ですけど。

バラックが立ち並ぶ異様光景・・

▲突然現れる、バラック群エリア
何でこの存在を知ったかは忘れましたが、日立にすごい光景のバラック群が並ぶ場所があるということで訪れましたよ、「塙山キャバレーに」。水戸駅までは常磐線で行き、そこからレンタカーをかっ飛ばしての到着!!
そして、国道6号線に現れた光景がこちらだ!!何の前触れもなく突然現れるこのバラック群。今の建物は低くても2階建ての建物が建つものですが、こんな低い建物が立ち並んでいるのがとっても不思議。まぁそれ以前に建物自体が異様ですわ(⌒-⌒; )
まずは、塙山キャバレーをウロウロしていくことに。さらっとネットで確認しただけで、ここの背景などの詳細が全くわからないため、その辺の確認と、そして一番の問題はどのお店に入るのかということ。
ここの背景を知るためには、実際のお店の女将さんから話を聞く必要があるため、お店に入ることは絶対の使命としていたわけですが、どこが取材しやすいとかは流石にわからないんですわ。というか、そもそもお店に入りづらい。。
▲上から眺めるとなかなかの異様な光景
上から見ると、なかなかの光景ですね。周囲の建物とは全く雰囲気が異なることがわかるかと思います。ちなみに、バラックエリアの中央部分に何もないスペースが存在しますが、ここは以前までは飲み屋があったものの、2,3年前に漏電による火事によって焼失してしまったようです。
ということで、入ることにしたのはこちらのお店。写真の右側に写っている「い・・」と書かれたのれんのお店です(⌒-⌒; )
こんな写真で申し訳ないのですが、入ったお店の外観を写真で撮り忘れてしまいました・・。あ〜たまにあるんですよね、肝心な写真を撮り忘れることが。。まだまだ三流ってことっすね。
で、ここのお店で運良くおかみさんからいろいろな話を聞くことができたので、ここの歴史や今回入ったお店のおかみさんの歴史などを色々と書きまくっていきたいと思います。
まずは注文を!お通しは「かつおのたたき」「枝豆」。そして、焼いている途中に写真を撮ったので写っていないですが私が注文したのは「ししゃも」。
ちなみに、飲み物はウーロン杯ではなくウーロン茶です( ;∀;)
まぁ車で来ているのでしょうがないっすね。「お茶はあったかいほうがいい??」と聞いてくれたので、寒さが出てきた時期ということで温かいお茶にしてもらいました。お母さんは、ガラスのコップのまま電子レンジで温めていました(⌒-⌒; )

塙山キャバレーの歴史

▲塙山キャバレーの歴史などを話してくれたお母さん
塙山キャバレーの歴史は、そう多くは知られていないようです。ここ自体は50年近い歴史があるそうですが、お母さんもその経緯は不明とのこと。今現在あるお店の中で、お母さんは2番目に古いそうで、一番古くからあるお店はこのお店の向かいにあるお母さんなんだそうです。
その他のお店は、昔の女将さんだった方が皆亡くなってしまい、割と新しい方なども多くどんどん入れ替わっているんですって。このお店は14:00くらいと開店は早めで、その分閉まるのは早く、20:00とかその辺で閉めてしまうそうです。
中には、朝方までやっているお店もありその辺の営業時間はお店によって様々。お客さんに関しては、常連さんが多く中には毎日くる方もいるとのこと。日立市ということで、メーカーの日立で働く方が多いかを質問したところ、「ん〜、そういうわけではないかな〜」とのことでした。意外。

スポンサーリンク

篠原涼子、柳葉敏郎などの有名人も来た!!

▲店内にある水槽で、中にいるのは金魚
今では常連さんなどが訪れるくらいで、そんなに激混みするような飲み屋街ではないとのこと。最近で一番お客さんが来たのは、やはりテレビで取り上げられた時だという。
ここは、以前NHKの72時間というドキュメント番組に取り上げられたことがあったそうです。その時には、ここのお店にメダカがいたことから「メダカの店のママ」と紹介されたとのこと。そんなことから、このお店にお客さんが結構来るようになったそうです。
ただし、今いるのは金魚なんですけどね。メダカが亡くなってしまった後に、お客さんが金魚を持ってきてくださったんですって。普段お店は、誰でも入れているわけではなく、酔っ払っている方とか、まぁその他の事情で入店を拒否することがあるという。
でも、「番組でメダカのママさんの店ということを知ってきたんですよ!」と言ってくれたお客さんは問答無用で入れてあげたという。「わざわざここに来たくて来たのに入店を拒否するのはかわいそうでしょ!」ということらしい。
▲篠原涼子が撮影時に立っていたお店の入り口
その他には、ドラマの撮影などがあったりで佐野史郎、篠原涼子、柳葉敏郎、黒木メイサ、中井貴一などなどの超有名人もここに来たことがあるそうです。ただし、お母さんが一緒に写真を撮っていただけるかを頼んだときには、写真はダメだったという。SNSとかに変にアップされてしまうのを気にしているんですかね。
そんな撮影の時の写真は店内に展示してありました。先ほど書いたように、篠原涼子さんは写真がダメだったのでその写真はなかったですが、佐野史郎さんの写真とかは展示していありました。あとは、常連さんとの写真とかですかね。
お母さんは、このお店をやって33年近くになるという。33年間、いろいろあったんだろうな。。

友人のお母さんの誘いがきっかけ!!

続いては、お母さんがなんでこのお店をやっているのかというところに突っ込んでみることに。
元々は、ここでお母さんの友達が働いていたそうです。ある日、いつもより早く来過ぎて友達のお店が空いていなかったことがあり、別の友達のお母さんのお店に入ることに。その時に、たまたま一軒の場所が空いているという話を聞き、「直せばできるからここでお店やってみたら」と勧められたとのこと。
最初店内を見たときは、汚かったようで「え〜こんな場所で働けるんかいな・・」と思ったらしいが、建設会社の方が「内装に関しては手を入れれば綺麗になりますよ」と言われ、せっかくなので始めてみようと思ったことがきっかけだったそうです。
そして、働き出したときは「ここはね、そう長くは働けないと思いますよ。長くて5年ですかね」と言われたことがあるという。そう、ここは何度か存続の危機にあったそうです。周辺からも「景観が悪いからなんとかしてほしい(怒)」というクレームなんかもあったそう。
ところがどっこい、気づいたら33年も続いているんだからよく続いているもんですよね。本当に、その時の市長だったり警察官のお偉いさんが誰かによって潰れてしまったりしまいますからね。

共用トイレの鍵は無いも同然www

続いては、トイレの話。ここ塙山キャバレーには各お店にトイレは備え付けられていません。というのも、お店自体はあくまで「屋台」だからなんですね。では、トイレはどこにあるのかというと、キャバレーの数カ所に設置されている共用トイレになるんです。
▲キャバレー内にある和式共同トイレ
そのトイレがこちら。こういう飲み屋街の共同トイレというと、衛生的にやばい印象を持つかもしれませんが、思った以上に綺麗でした。なんせ、このトイレはお客さんだけでなく働くお母さんたちも使うわけですからね。
お母さんが働いた当初は、トイレは水洗ではなくボットン便所だったそうです。それだけではなく、扉の鍵なんて付いていてもその機能を果たしていないも当然のチープなものであり、扉を抑えながら用を足すみたいな感じだったそうです(⌒-⌒; )

オンボロバラックでも東日本大震災を乗り越えた

▲震災の被害にあった宮城県の石巻港周辺
2011年3月11日に起こった東日本大震災。ニュースでは、福島県や岩手県などの東北地方に焦点が当てられがちでしたが、茨城県も震災の被害は甚大でした。北茨城市の方では5名の方がなくなり、津波によって多くの家屋も崩壊。
そんなこともあって、ここ日立市にある塙山キャバレーも大きな揺れ(多分震度6弱)を受けました。しかし、何かの守り神でもついていたのか、ここのバラック群はぶっ壊れることなく、無事だったそうです。
お母さんのお店も建物自体は問題なかったとのこと。ただし、お母さんの家はぶっ壊れてしまったそうです。一応、全壊の保険はおりたそうなんですがね。茨城県の日立市は、福島第一原発の被害がなく東海原発は問題がなかったため、あまりニュースでも報道されなかったとのこと。日立市では津波の被害も大きくはなかったものの、実際に家屋が倒壊したなんてことがあったんですね。
家が壊れてしまったことで、お母さんは「家が壊れたんだから、塙山のお店も壊れちゃっただろうな」と思ったそうです。でも、実際に行ってみるとまさかの無事(⌒-⌒; )
▲震災時にお酒は全部割れてしまった・・
ただし、お酒は全部割れてしまったそうなんですね。今現在は元通りになっていますが、当時は揺れでここに陳列していたお酒が全部床に落っこちて割れてしまったとのこと。そのため、お店にいるだけで酔ってしまうほど店内が酒臭くてたまんない状態とのこと。
この場所では、上の図のような方向で揺れたそうです。そのため、お店のお酒は落っこちてしまったようで、逆に揺れの方向から90°の向きだったお店では、さほどお酒は割れなかったとのこと。
そんな背景があったため、震災後はお店の棚にはお酒が落っこちないように柵をつけているんですがお分かりになりますでしょうか??
そして震災後の数日は電気や水道が通らなかったため、ろうそくをつけて営業をしていたそうです。。
さらに問題になったのが、先ほど話題になったトイレです!!トイレは、東日本大震災の時に水道が断水してしまったようで、そのため用を足しても水が流せないという問題が生じてしまったんですって。

パトカーが毎日来ていた荒れた時代もあった!

お母さんがここで働き出したのは33年前のことですが、当時はバブルのちょい前くらい。まだ常連客が付いていなかったこともあり、来るお客さんは誰でも入店させていたそうです。
しかし、中には酔っ払って問題を起こすお客さんなども出てきて、次第に入店拒否をするようにもなったそうです。というのも、当時の塙山はかなり荒れた場所であり、お客さんの中には別の街で何軒かでお酒を飲んだ後に、「そろそろ塙山で喧嘩でもしに行くか!」というノリで来るお客さんがいたなんて話も。
そして、最悪のケースではお客さん同士の喧嘩で死人が出ることもあったという。とにかく、当時はパトカーが来なかった日はなかったとのこと。それだけ、ここは荒れた街だったそうです。
バブル期にもなった時には、17:00になったら座れないほどお客さんはたくさんいたとのこと。荒れた時期であっても、お客さんは多かったことからお金は結構儲かったよう。今はお母さんは一人で切り盛りしているそうですが、一番忙しかったときにはこの狭い店内に4人で捌(さば)いていたとのこと。

警察も黙認のバラック群

ちなみにですが、これらバラックはあくまで屋台。そのため、色々と規則もあるのですが、今現在の状態は違法状態なのだという。これらの屋台は、扉を閉めたりしてはいけないんですって、そして屋台は土台を固定してはいけないといういろいろなルールがあるそうなんですね。
でも、寒いし、昔っからあるものなので警察もうるさくは言わずに黙認しているという。そして、建物自体もかなりの年季もの。一応バラックということなので、外観のトタンは変えることができないので、中だけは改築をして延命しているという状態のようです。

ぼったくりなどの裏事情も。。

そして、こんだけたくさんのお店があると、まぁいろいろな問題も生じてくるとのこと。その一つが、ぼったくりですわ。。中には、結構お酒を飲んで酔うママさんもいて、そんな酔った状態ということでママさんがお会計を間違えたりすることがあるんですって。
そして、いわゆるぼったくりに近いような請求の仕方をするお店もあるという。。この塙山キャバレーにあるお店には、どのお店にもカラオケがついているんですが、お客さんはもう何杯飲んだかわからなかったり何曲歌ったかわからなくなるので、多少上乗せされていてもお客さんは気づかなかったりするんですって( ;∀;)
ちなみに、カラオケの料金は1曲100円と200円の店があり、100円と明記していないお店は200円とのこと。お店が違うだけで倍も値段が変わるとは。。
あとは、お酒というよりかは食べ物。お酒に関しては協定があり、値段はほぼお店に関係なく一杯の金額に差はないものの、食べ物に関しては協定とかはなく、その日の原価も異なるため日によってメニューの値段が変わることもあるんですって。
そのため、メニューがない店やあっても値段が書いていない場合は、気になるのであればこちら側から注文時にその辺を聞く必要があるんですね。でも、そんなのいちいち気にしないので、たいていは知らないうちに多目の金額を支払うなんてこともあるって感じっすかね。
さらには、お店の中でお客さん同士が喧嘩するお店もあったり。だいたい喧嘩する店は決まってるんですって。

人生、そしてお母さんの身の上話など。。

今回は、3時間近くも話を聞くことができました。と言っても、塙山キャバレーに関する話よりかは、世間話やお母さんの人生に関する話が大半でしたわい。そもそも、今日はお休みにする予定だったそうなのですが、常連さんが来るということで特別に開けていたとのこと。
テレビをつけていたため、会話の途中では、ここに訪問したのが日馬富士がカラオケのデンモクでぶん殴った事件があった時期だったため、お母さんとは事件のことについて語ったりもしていました。
あとは、紅白の出場歌手が発表された時期でもあるため、紅白歌合戦に関する話も。でも、お母さんはもう何年も紅白を見ていないという。大晦日の日もお店は営業しているからだそうで、お店ではその時間はテレビではなくカラオケをしているんですって!!
▲常連さんが作ってくれた折り紙製の金魚
そして、お母さんの話で印象的だったのは「でもね、私この仕事は本当に楽しいと思ってるんですよ。色々な人が来るでしょ。だから毎日お店に行くのも楽しみなんです」ということ。
以前タクシーに乗った時も、運ちゃんが「私この仕事は転職だと思ってるんですよ、色々な人が乗ってくるじゃないですか。だからね、その方々の人生を聞いたりするのが本当に楽しいんですよ!」と同じことをおっしゃっていたのを思い出したりしましてね。
少なくともまだ2,3年は続けたいと言っていたお母さん。今後も、体には気をつけて元気で続けて欲しいものです。

おわりに

結局お母さんとは3時間近く話していました。ただ、3時間のうち半分以上が世間話やお互いの過去を話したり。
今現在は、特に騒ぎが起こることもなくひっそりと佇むバラック群。日本は高度経済成長を遂げ、どんどん建物も新しくなるなかでここだけ時が止まったかのような錯覚を起こさせてくれる場所。私は1年半ほどしか昭和の時代を生きてはいなかったですが、ちょっとその時代の雰囲気を感じられた気がした、そんな塙山キャバレー訪問記でした。
今回は3時間しか話せませんでしたが、33年間も営業していればまだまだ話し切れていないことはたくさんあったと思います。初めての訪問だったにもかかわらず、長い時間話をしてくれたお母さんには本当に感謝。
たまたま訪れたお店でしたが、お母さんと話せて本当に良かった。また、近くを通った時には顔出さなきゃな。

参考文献

↓よければクリックをお願いします

スポンサーリンク

詳細・地図

住所 茨城県日立市金沢町1-1−12
アクセス JR常磐多賀駅から徒歩15分ほど
↓↓twitterもよろしくです
※ほぼ毎日つぶやき中
関連コンテンツ
関連コンテンツ



  • このエントリーをはてなブックマークに追加