館山花街の名残りが窺える明治創業の「幸田旅館」へ!

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こんちわっす!

日本中の知られざるスポットや歴史を掘り起こすブログ『知の冒険』。今回は久々に千葉県を紹介するわけですが、今回のテーマは老舗旅館。

千葉県の先の方に位置する館山市には、「幸田旅館」という旅館がありましてですね、この旅館は、なんと明治40年創業なんですね。昔、館山見番もあり芸者さんもいたなど、館山の歴史を女将さんから伺うことができたので記事にしてみようと言う流れ!

さらには旅館経営の難しさだったり、結構他所では聞けない面白い話も多かったので、その辺をまとめて紹介していきますね〜〜!

本記事のポイント

・東京の本郷で明治40年に開業した老舗旅館
・かつては芸者さんも多く訪れ、接待や宴会が行われていた
・コロナ下でも、長期のビジネス客のおかげで営業できている

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114年もの歴史がある老舗旅館

千葉県の館山市。房総半島の先端のほうに位置し、海がある温暖な場所であれば、さかなクンの地元だったりもするこの場所。館山は漁師町でもあり、さらには館山海軍航空隊の基地もあることで、それ関係では赤山地下壕という観光スポットがあったりもします!

どっしりとした幸田旅館の建物

そんな館山には寿司屋やうなぎ屋など、今でもいろんな老舗が軒を構えているわけですが、老舗の旅館もありましてですね!!

それが、館山駅から徒歩三分ほどの場所にある幸田旅館っす。

パット見は多少歴史があるように見えますが、100年以上もあるようには見えないかもしれません。でも、館内にはたくさんの歴史が詰まっているんですよ!

「こんちわ~~~す」と館内に入って行く。

館内はそこまで古そうには見えませんが、昭和な雰囲気はプンプン伝わってきます!

料理店の鑑札がお出迎え

ロビーを見ると、早速木札の料理店鑑札を発見。千葉県にも鑑札が見られる料亭やバーが現存していますが、こうした木札形式のものは結構レアなんじゃないでしょうか?

そんな幸田旅館に宿泊した私ですが、今回は114年もの歴史があるということで、その背景だったり、あとは館山花街のことも聞けないということで、夕食後に話を聞かせていただけることに!

夕飯後の時間を使って取材させていただいた

ということで、夕飯後、一時間三十分にわたって取材をさせていただきました。

女将さん、結構喋ってくれる方で知っていることをたくさん話していただき、旅館の歴史だけでなく、館山花街に関すること、さらには老舗旅館を経営していくために何をしてきたかなど、マジで勉強になった話だらけでした!

いと、ありがたし!

豪華な建物がわずか一年で全壊・・

ではでは、ここで幸田旅館の歴史を紹介していこうと思います!

幸田旅館が創業したのは、ここ館山ではなく、なんと東京の本郷という場所でした。本郷といえば、東京大学があることでも知られている場所であり、今は住宅街みたいな町になっていますが、幸田旅館が創業した明治40年頃は、旅館が建ち並ぶ旅館街だったそうです。

今でも、鳳明館という素晴らしい旅館があるのはその名残りみたいですけどね。鳳明館は先日宿泊してきたものの、コロナの影響もあって、しばらく休業とのこと。。

榎本武揚直筆の書のコピー

で、そんな本郷で創業した幸田館。本郷では榎本武揚とも由縁があり、現在でも旅館のロビーに直筆の書(ロビーにあるのは複製)が掲げられています。とはいえ、幸田館は、先代の方の体調不良に伴って、館山へと移る事になります。

館山は東京に比べたら温暖だし、海沿いで今ほど人も多くなかったことからも、療養には良かったんでしょうね。

そして館山に移って来るという話において、女将さんが「ちょっとこっちの写真をご覧になってください!」と、ロビーに掲げられているとある写真へと案内してくれました。

何かと思って見てみると、、、

超豪勢な完成予想図

だいぶ豪華な幸田旅館の絵が描かれていました。

館山に越してきた幸田旅館は、その後、すげぇ建物を建てる事になるのです。これは「ここに越してきたら、こんな豪華な建物を建てちまおうぜ!!」と思って描かれた絵です。

ちょっと館内の明かりで見辛くて申し訳ないですが、これだけ見るとど偉い建物を建てようとしていたことがわかります。

大正11年に竣工

で、大正11年にすげぇ建物を建てる事になります。木造二階建て。入り口の門柱には「幸田温泉」と書かれており、温泉を掘ってこうした建物を建てたんですかね。

と、は、い、え、、、

建てたわずか一年後、あの関東大震災が発生。これだけ素晴らしい建物を作ったにも関わらず、一年後には全壊してしまうのです。。

僅か一年で倒壊してしまうなんて、もう私だったらへこみにへこみまくってもう旅館辞めちゃいますよ・・(;・∀・)

とはいえ、幸田旅館は再び立ち上がります。

新しく建て直すために土地を売るなどで金を作り、数部屋のこじんまりとした旅館を再び再建して再スタートすることとなります。

倒壊した廃材を使って再建された

現在の幸田旅館の建物は、それから改修や増築を経て今に至っているようです。

駅前には旅館がたくさんあった

引用元:館山市動態図鑑 昭和35年

館山市立図書館に行くと、一番古くて1960(昭和35)年の住宅地図を確認することができます。それを見てみると、館山駅の東側には、今よりもたくさんの旅館が営業していることがわかります。

このエリアだけでも四軒。もっと広い範囲で見るとたくさんあるんですね。

天皇陛下も宿泊した木村屋の広告

その中でも、一番大きかったのは木村屋でした。天皇陛下も宿泊したという格式ある旅館であり、こうした木村屋、あとは幸田旅館以外にもたくさんの旅館が軒を連ねていました。

戦時中は、館山に海軍の航空基地があり、ここは特攻隊の出撃基地だったことから、その兵士の方が面接しに来る際に家族の方が泊まるなどの需要があったようです。

戦後に誕生した渚銀座

そして戦後から高度経済成長に向かっていくと、他の温泉地と同じように会社などの団体旅行客がたくさん押し寄せる事になります。

館山には芸者さんもおり、北条海岸の海水浴客、さらには訪れる観光客のために飲み屋が必要だと言う事で、戦後に館山駅の西側になぎさ銀座という歓楽街をも、つくる事になるのです。

館内に残る館山花街の名残り

城山の方にあった館山見番
引用元:館山市動態図鑑 昭和35年

館山には、いつ誕生したかは定かではありませんが、芸妓見番がありました。元々は今の館山駅よりも南西にある城山の方に見番がありました。恐らくですが、元々は館山港、あるいは館山海軍の方向けだったと思いますが、そこから見番が駅方面に移転する事になります(この他にも、新見番と言われる見番が駅方面にありました)。

先ほど紹介した駅前の旅館には、宴会用の大広間、さらには接待用の個室が設けられ、見番を通して芸者さんが派遣されていました。

そんな話をしていると、女将さんが・・

「でもねー、そういった関係のものは全部捨てちゃったと思うんだよね・・」といってカウンターを漁ると、、

館山見番に渡していた芸妓伝票

こんなものが出てきました!

これは見番へ渡す伝票。左側が旅館の控えで、切った右側が芸者さんに館山見番へ渡してもらう伝票。この伝票に本数が書いてあり、後に生産されるという仕組みでした。

伝票には「いづみ」「みどり」「さよ子」などの芸名も書かれており、これは館山見番における大変貴重な資料じゃないっすかね!しかも、「これ、よかったらあげますよ!」ということで、まさかですが、これいただけました( ̄▽ ̄)

ラッキーーーーー!!

そしてこの伝票、中に面白いものが書かれてましてですね、、

女将さんの結婚式のものまで

それがこれ!

「幸田婚礼」って書いてますよね!!

これ、なんと女将さんの結婚式の時の伝票なんだそうです。女将さんも思い出してビックリ!!

一本は一時間だったので、7時間分も芸者を上げてたんですね。結婚式にも芸者を呼んでいたんですね。

接待に使われていた牡丹の部屋

あと、芸者さんお名残りとしては芸者をあげて接待に使われていた部屋も残されています。長期滞在のビジネス客の方が宿泊していましたが、仕事に出ているさなかだけ、見せていただけることに!

牡丹の間の部屋

広さは八畳ほど。四人くらいがここで接待していたみたいです。

部屋には床の間があり、素材も「牡丹の間」では牡丹の素材が使われ「桜の間」では桜の素材が使われていました。

こちらは桜の間の入り口。手前の扉、ポキッと折れそう・・

貸座敷でもたまに見る富士山の意匠
船底天井もありました
芸者をあげて宴会が行われていた大広間

ちなみに、二階には大広間があって、ここでも芸者をあげて宴会が行われているそうです。館山にはもう何年も前に芸者は姿を消してしまいましたが、実は鴨川はまだ芸者がいるんですね。

なので、現在でも必要な時は鴨川から芸者を呼んで宴会をしているそうですよ!

ちなみに館山の花街に関しては現在調査中です。昔を知る方を何人かおかみさんに教えていただいているので、次回館山に行った際に調べるので少々お待ちいただければと思います!

40歳で大学に挑戦!経営を学ぶ!

ところが、時代が進むとともにお客さんの楽しみ方にも変化が出てくる事になります。芸者をあげて旅館で飲むというスタイルから、お客さんは寿司屋や居酒屋などで飲むようになってきます。

さらに、学校の先生方とか役所の方々の接待として使われていた。商工会議所や婦人会館などの施設を作り、そういう場所で会議などができるようになる。

車社会の発達により、駅前ではなくもっと景観の良い白浜などの海沿いにお客さんが行くようなるなどの変化により、館山駅前の旅館は廃業するか海沿いなどに移転。

経営を学ばなければいけない

そのような世の中が移り変わっていく中、現在の四代目の女将さんが幸田旅館を引き継いだのは昭和54年のとき。とはいえ、引き継ぐとなった時におかみさんは思ったそうです。

「これは会社と同じだ。何の勉強もしないで、ここでやっていけるのだろうか・・」

女将さんは学生の時に調理師・栄養士の免許は持っていたものの、マーケティングなどの経営の勉強はしたことがない。。

そんな中、東京で働く単身赴任中のご主人と子育ての時期は一緒に過ごそうと、旅館は先代の方に一旦任せて東京へ行く機会ができたため、そこで女将さんは、「大学に行って経営を学ぼう!」という考えに至ったのです。

そして40歳の時に、青山学院大学経営学部の夜間部にて社会人入試に挑戦。倍率は三倍ほど。そして授業に通い続ける事で大学で、他所の商売における経営を学んでいく事になるのです。他に社会人で大学に通う方は日本赤十字のような病院を経営する方、さらには外資系の会社で勤めている方が多かったとのこと。

幸田旅館はとにかく安い

そうした経営を勉強した事で、今の女将さんは先代の方のやり方から方針を変更。元々は観光客を主としていたものの、観光客は週末のみで、平日は工事関係者などのビジネス客を種とするようにしたのです。ビジネス客は長期滞在してくれるから宿としては助かる。しかし、元々の観光客目当ての金額では高すぎるため、薄利多売作戦に変更。

そもそも、幸田旅館の建物は割烹料理屋を目的として造られており、トイレも別。旅館の作りではないため、女将さんからすると高い料金は取れないとも。

旅館の建物もどこかで改修、あるいは建て替えや増築などの投資を行う必要がある。その資金を確保するためには「どこまで料金を下げれば借金を返せる見込みが立つか」などの見通しをつけられるようになったことから、今まで旅館を続けられたのだと、女将さんは語ってくれました。

コロナ下でも価格変更で乗り切る

旅館業はとにかく難しい。

平穏な日常が続くのであればまだしも、場所によっては台風や洪水の被害によって営業中断を余儀なくされることだってある。そして、新型コロナウイルスも旅館にとっては本当に厳しい。コロナのせいで、行きたかった旅館が閉業してしまったという話も聞いている。

そんな中、幸田旅館では価格変更でなんとか乗り切ろうとしている。

幸田旅館のお客さんの中でも支えになっているのが、建設業関係の方々。で、この「建設業関係」というのが結構大きなキーワードなんです。

仕事関係でホテルに長期滞在する場合、基本的には他の人との接触を避けるために個室のビジネスホテルに泊まることが多いそうです。いわゆるアパホテルとか、ホテルルートインみたいなホテルっすね。

でも、建設業関係の方々は別。

幸田旅館の食堂

建築業関係の方は食事付きの場所の方がいいんですね。

というのも、ビジネスホテルに長期宿泊する場合は、ご飯がついているわけではないため、朝昼晩、外食かコンビニ弁当になるわけです。体が資本であるため、建設業の方々は食事付きの場所の方を選ぶというわけ。

私が食べた夕食

そのため、長期で泊まる方向けでも、お客によって料理を分けているそうです。

一泊の方には、館山名物である煮魚とか海のものの刺身を。でも毎日刺身は飽きるから、何泊かする方には、翌日は魚の種類やメニューを変える。長期滞在の方だともうその人の好みも知れるわけですし、飽きず栄養も考えた食事を提供してくれるわけです。

そういった方々が宿泊してくれていることで営業を続けられている幸田旅館。コロナの前は大広間で行われる宴会の収入が割とあったため一泊二食付きで5,000円でやっていたものの、コロナの影響で宴会がなくなったため6,000円に変更。それも、最低限値段を上げるとするならいくらになるか、を考えながらの日々。

「景気が悪いからお客が来ないんだ!」と他のせいにはせず、旅館業は維持するためにいろんなことを考え、決断しながら維持していかなくてはいけないわけです。

それに旅館は基本年中無休。休みなんてないんですよね。

「どこかに出かけることとかはありますか?」と聞くと、「一年に一回くらい。二泊三日で出かけますよ。」とのこと。

しかも、でもそれも勉強のため。高いホテルに泊まり、「お客がこういう場合、その旅館ではどういった対応をするのか」などを視察するそうです。地元の館山でも、勉強のためにあえて高いホテルに泊まったりもするそうですよ。

結局、何はともあれおかみさんはこの仕事が好きだから続けられてるみたいです!!

ということで、幸田旅館の歴史をそれなりに描いたところで、一旦ページを区切りますか!

次のページでは、館内の様子などを写真多めで紹介しますね〜〜!

続きはこちら!舟形の浴槽が最高すぎた!
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