日本のホテルのルーツを伝える歴史的建築物の博物館『金谷ホテル歴史館』を訪問してみた!

↑更新・取材裏情報はTwitterにて(^ ^)

今回は、栃木県日光市にある『金谷ホテル歴史館』というスポットに関する記事になります。

前回の記事では、日本初の外国人専用ホテルとして開業した「金谷カテッジイン」の誕生背景に関する記事を書きましたが、今回はその金谷カテッジインの建物を歴史館として一般開放した『金谷ホテル歴史館』を訪問した様子を書いていきたいと思います!

↓前回の記事はこちらですm(_ _)m

木造の歴史を感じる開業当初の面影を残している建物でもあり、一見の価値はあると思いますぞ!

ということで、今回の記事はそんな金谷ホテル歴史館を以下で紹介していきたいと思います(*’▽’)

本記事のポイント

・2015年から、金谷ホテル歴史館として一般開放されている
・開業当初の面影を残し、日本のホテル
・天井が低いのは、刀を上段に構えられないようにするため!

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観光名所の日光にある博物館

日光東照宮の陽明門

金谷ホテル歴史館があるのは栃木県日光市。日光と言えば、豪華春蘭な建物が建ち並ぶ日光東照宮や華厳の滝が有名ですかね。この金谷ホテル歴史館を取材しに行った後、東照宮も訪問したんですが、やっぱりここはすごいわ!

造りが本当に見事で、一日中見続けていても飽きないと思ってしまうほどで、陽明門なんかは感動しましたよ( ´ ▽ ` )ノ

今回紹介する金谷ホテル歴史は、そんな東照宮から車ですぐの場所にあるんですが、なかなか知られざる博物館って感じ。早速行ってみることにしましょう!

併設されているレストラン

金谷ホテル歴史館は東照宮からは車で10分もかからない場所にあります。歴史館は、こちらのレストランの隣に併設されていて、このレストランで受付を済ませてから入館する流れなんすね!

レストランでの受付ということで、慣れない場所でありちょっと緊張(笑)

せっかくだからここで食事を済ませてもいいかな~とは思ったものの、一人ぼっちでこんなおしゃれなレストランで食事する勇気が出なかったというね。。( ;∀;)

ちなみにここ、いつものようにカーナビをセットして向かったわけですが、目立った看板がなくてちょっと場所がわかりづらかったっす。。

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受付を済ませて、通路を通り隣の歴史館へ!

この改札?というかゲートを通るわけですが、なんか歴史館というだけあってミスマッチ感が半端ない。ディズニーランドとかってこんな改札じゃなかったでしたっけ??(笑)

まっ、何でもいいですけど!

まずはビデオ鑑賞から!

扉を開けるとまずはこんな部屋が現れました。ここには日光に関する書籍や金谷カテッジインゆかりの品などが展示されていました。

そして奥にはビデオがあり、金谷カテッジインに関する物語について学ぶことが出来るんですな。この10分くらいのビデオを観た後、奥の扉から金谷ホテル歴史館へと向かいます!

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展示物はこんな感じ。ちょっと時間に余裕がなかったので、この辺をじっくり見れなかったのが後悔。。

ヘボン博士夫妻

あとは、金谷カテッジインを創設するきっかけとなったヘボン博士夫婦の絵も飾ってありました。

前回の記事でも書いたように、このホテルの創設者である金谷善一郎は、まだ多くの外国人が訪れていない頃に日光へやって来たヘボン博士を自分の家に招いて宿泊していただきました。その際、ヘボン博士は「今後日光に多くの外国人がやってくるだろうから、ぜひ外国人用のホテルをやってみたらどうだろうか」と助言。

それがきっかけとなって、1873(明治5)年6月、善一郎が21歳の時にここのホテルを創業したんですね!

21歳の若者が創業したホテル

ビデオを観た後、さらに奥へ進むとここからが金谷ホテル歴史館ですね!

中がどんな感じになっているか楽しみやー!!

開業当初の面影が残る

入って早速視界に飛び込んできた景色はこちら。木造の建物に赤い絨毯が敷かれているという何とも粋な光景!

写真ではわかりづらいですが、この建物は刀を上段に構えることができないよう天井が低くなっています。創業から140年経った現在でも当時の面影を残し、日本のホテルのルーツを伝える貴重な建物なんですね!

ここは館内の中でもなんかすごく歴史を感じられる場所な気がしました。明治初期に多くの外国人が宿泊し、建物の風貌から”金谷侍屋敷”とも呼ばれたこの建物。当時の外国人が訪れていた頃はどんな雰囲気だったんだろな~。

若かりし頃の金谷善一郎
引用元:『金谷カテッジイン物語』

こんな金谷カテッジインを開業した金谷善一郎は、外国人ばかりの宿泊客に対して慣れないながらも心を尽くしたもてなしをしたそうです。例えば、地面に頭が付くほどのお辞儀をしていたとかとかね。

金谷家は日光東照宮で雅楽などを演奏する楽人の家系であり、善一郎もそれを引き継いでいました。ところが、明治時代の神仏分離令などで東照宮が揺れ、東照宮がかつての勢いを失ったことで善一郎の給料が薄給となり結構やばかったそうなんですわ。。

ホテルを開業したのは、そんな金銭面も影響したんですかね。。

館内は展示物は少なく簡素

ちなみにここ、レストランにはもちろんスタッフはおりますが、こっちの歴史館の方には案内や解説する方はいらっしゃらないようです。先ほどのビデオを鑑賞した部屋には展示物や解説などがありますが、こちらの歴史館は建物の様子をじっくり鑑賞するという感じで、その他の展示物などはあんまりありません。

てなことで、いつもの取材のようにスタッフの方に色々質問しまくって気付いたら二時間くらい経っているなんていうことはなく、一人ほのぼのと建物を見て回りましたよん!

あと、館内は撮影禁止とはなっているみたいですが、スタッフの方に懇願したところ撮影を許可していただけました(*’▽’)

釘を使わず材木を組み合わせた造り

一階の一番奥に進むと、この部屋にはこんな感じで展示物がありましたわ!

展示している内容としては、建物を建てる際に使った道具とか木材がどのように組まれてこの建物が建っているかなどの説明ですかね!

こんな感じで木材が組まれたものが置かれていますが、このホテルがこんな感じで組まれて建っているという説明でしょうか。各々の箇所に関する名称が丁寧に書かれているのはなかなかマニアックっすな!

すげぇな。こんな感じで釘を使わないで木と木を接続しているんですね。昔の建物はこういった感じで、いろんな箇所に工夫がみられるからとても面白い!

階段が多い

一階を見たところで、次は二階へと上がるため階段へと向かうことに。その途中にもこちらのような使われていない階段がありました!

この建物には多くの階段が見られますが、これは緊急時を考慮してすぐに逃げられるように作られたとか。

で、階段を上って二階へ向かいます。

階段を上っている途中にもこんな感じの絵が展示されているんですが、これがまた絵になりますな〜!

建物を囲うように作られた廊下

この金谷侍屋敷は、鎌倉時代の武家住宅や平安時代の寝殿造から生まれた書院造などが礎となって生まれた和風建築。栂(つが)材を多く使用している事や武家屋敷では稀な二階建てであること、さらには大黒柱が設置されている事などから、当時としてはグレードの高い建物と考えられます。

一階もそうですが、二階も建物をぐるりと囲う感じでこのような通路があります。二階に上がって来たわけですが、二階には金谷ホテルの発展に大きく貢献した外国人女性が宿泊していた部屋があるんですな!!

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金谷ホテルに貢献したイザベラ・バード

イザベラ・バードが宿泊した部屋

それがこちらのお部屋。ここには、かつてイギリス人女性であるイザベラ・バードという方が宿泊していたんですが、この女性もヘボン博士と同様にこの金谷カテッジインに関わりがある人物だったのです!

イギリス人女性のイザベラ・バード
引用元:『金谷カテッジイン物語』

イザベラバードは、自身の著書『日本奥地紀行』にて、金谷カテッジインのおもてなしの素晴らしさを紹介。

この『日本奥地紀行』によって多くの外国人がこのホテルの存在を知り、それによってここに宿泊しに来た方がとても多かったそうです。

『日本奥地紀行』には、金谷家の家族のことや庭の様子、家の造り、客室のしつらえ、食事、客の応対の様子など、欧米人に興味深い日本の民宿の様子が記されているそうですよ!

押し入れの扉など、日本の美が凝縮されておりますわ。彼女はどのくらいこの部屋に宿泊したのかとかその辺の詳しいことはわかりませんが、館内にある部屋の中でこの部屋が一番造りが美しと感じました!!

明治20年に増築された江戸間の部屋

廊下の突き当りには、日本美人と富士山。やっぱり富士山は絵になりますな~。

突き当った廊下にはこんな部屋が。掛け軸やツボが置かれてはいますが、それ以外の展示物は特になし。多分普通の宿泊部屋だったと思われますが、広げられるネタがないのが残念。。でもこの部屋、創業当初からあった部屋とはちょっと構造が違うんですって!

というのも、金谷カテッジインは明治20年の時に増築したんですよね。上の写真を見てもわかるように、建物の奥側(左側)が増築部分。そんなこともあり、左側と右側では寸法が異なっているんですって!

寸法が違うというは畳の大きさが違うってことで、増築前の建物が京間を使っていて、増築後は江戸間が使われているって感じ。京間の方が江戸間よりも大きいサイズであり、現代でも地域によって畳の大きさは異なっていて、西日本エリアは京間が多く、東日本エリアは江戸間が多いとか。

庭も結構広いよ!

二階の増築箇所を一通り見たところで、さらに廊下を進みます!

廊下から外の庭を覗くと奥には川が流れていました。川というか水路??

ここも宿泊部屋ですかね

また部屋が現れました。ここも外国人の方々が宿泊した部屋だったと思うんですが、目立った展示物はないですかね。部屋には入れないので、廊下から眺めるって感じでごわんす。

建物の内部を一通り鑑賞したところで、最後に庭を散策しました!

池が結構広くてなかなか癒される空間。

池には鯉も泳いでましたよ

鹿威(ししおど)しもありました!

水が溜まったら放出して”コンッ”ってなるだけなのに、なんで鹿威しってずっと見惚れてしまうんですかね(笑)

ふと立ち止まってボーッとしてたら、気づいたら数分が経ってましたわよ!

まぁ庭は本当にただ散策しただけでこれといった見ものには特に気が付きませんでした。。

ってな感じの金谷ホテル歴史館。館内は展示物が少ないので、案内してくれるスタッフの方がいるとまたいろんな発見があるかもしれないですが、穴場的な場所で落ち着いた雰囲気であり、一見の価値はあると思いますよ!!

おわりに

金谷ホテルの外観

二つの記事に渡って紹介してきましたが、金谷ホテル記念館はいかがだったでしょうか?

建物はそんなに大きくなく、さっと見ると結構あっという間に観覧は終わってしまいますが、日本初の外国人専用ホテルというとても歴史ある博物館です!

日光に訪れた際、華厳の滝や東照宮もいいですが、ぜひこの歴史館も訪問してみてはいかがでしょうか??

参考文献

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詳細・地図

住所 栃木県日光市本町1−25 資料館棟
営業時間 <歴史館> 3~11月 9:30~16:30 (最終入館16:00) 12~2月 10:00~15:00 (最終入館14:30 <レストラン> 3~11月 9:00~17:00 (ラストオーダー16:30) 12~2月 10:00~16:00 (ラストオーダー15:30) (年間を通して15:00以降はスイーツとお飲物のみになります <ベーカリー> 9:00~17:00(通年)
入館料 大人 500円、子供(小学生)250円
休館日 <歴史館> 3~11月 無休 12~2月 月2~3回 休館日あり <レストラン> 3~11月 無休 12~2月 月2~3回 休業日あり <ベーカリー> 3~11月 無休 12~2月 月2~3回 休業日あり
駐車場 無料(レストラン前 8台、国道を挟んで向かい側 8台)
電話番号 0288-50-1873
アクセス 車だと日光宇都宮道路日光ICから神橋方面へ 神橋と平行する橋を渡り信号を左折 田母沢御用邸前信号の手前右側
リンク http://nikko-kanaya-history.jp/

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