赤線時代から続く元芸者が開いた飲み屋を取材して、皆ヶ作の背景に迫った〜皆ヶ作Vol.2

↑更新・取材裏情報はTwitterにて(^ ^)

今回も、横須賀にあった銘酒屋街である皆ヶ作銘酒屋街に関する記事の続編になります。前回の記事では皆ヶ作の歴史や現在の様子などをまとめましたが、今回はその場所で今も営業を続けている飲み屋『おかね』の訪問記になります!

↓前作の記事はこちらですm(_ _)m

というのもこのお店、なんと1952年から続いているというめちゃくちゃ老舗のお店。しかも、この頃はまだ赤線だったころということで、まだまだ知られざる皆ヶ作の歴史を発掘することもできたので、その辺を以下で紹介していきたいと思います!

本記事のポイント

・「おかね」は1952年から誕生し、赤線時代から続く店
・かつては自衛隊や東芝、日立などの人たちで大変賑わった!
・船越には、枕芸者もいた!

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赤線時代から続く飲み屋に特攻!

今回取材しに向かった”おかね”の場所は上の地図の通り。京急田浦駅からは徒歩10分ほどの場所で、皆ヶ作銘酒屋街にあたわけではなく、そこより手前にあるって感じですね。

地名の厳密な境界はちょっとよくわかっていないんですが、銘酒屋やカフェーがあった辺りまでは皆ヶ作で、”おかね”がある辺りは船越だったようです。まぁ今ではこの辺全部が船越のようですが。。

昔の雰囲気が残る一画

訪問したのは日曜日の19:00過ぎ。日曜日って飲み屋は休みであるケースが多いので、休みだったら帰ってブログを書こうかと思ったんですが明かりがついてましたよ(*’▽’)

中からは話し声が聞こえてきて既に先客がいるっぽいですが、ここは躊躇なく特攻や。知の冒険を始めたころは飲み屋とかバーとかへ入る勇気がなかなか出なかったこともありますが、今ではほとんど躊躇することなく入れるようになりましたね!

コレも慣れってやつですな!!

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店内はこんな感じ!

カウンターに五席ほどと、テーブルに二席という非常にこじんまりとしたお店。天井も低く、中の雰囲気は本当に時代を感じるような雰囲気でした!

今ではお母さんが一人でこのお店を切り盛りしているようで、お店に来た経緯などを話すとすぐに納得して、本日たまたま一緒になったお客さんと一緒にこの辺の歴史に関していろいろ話してくれましたよ( ´ ▽ ` )ノ

ビールとお通し

その流れで早速ビールを注文。瓶ビールをおつまみに、お母さんとお客さんから聞いた船越・皆ヶ作の歴史を以下で書いていきたいと思います!

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ノスタルジックな雰囲気が残る一画

この一画だけ時代を感じる

まずは、おかね周辺の雰囲気から!

今では昔の建物はほとんど姿を消して、新しい住宅が建ち並んでいる船越。なので、もうその面影はかなり少なく「本当にここが歓楽街だったの?」と思ってしまうほどですが、その中でも”おかね”がある一画だけはかなりノスタルジックで昭和レトロな雰囲気が残る一画になっております。

お母さんも、「よくね~、この辺を写真撮っていく人がいるよ!」とおっしゃっておりましたよ!

お店に向かって右隣にある”こけし”というお店は、ここのお母さんは去年の4月に亡くなってしまっており、今では空き家になってしまったそうです。

このお店にはバーの鑑札が今でも張り付けられておりますね!

「料理店」の鑑札が残ってた

ちなみに、”おかね”には料理店の鑑札がまだ残っております。これは、先代の方がお店を開店するときに付けたものなんだそうです。

何で料理店の鑑札なのかというと、お酌がしたかったからとのこと!

お母さん:「先代のお婆さんがね、お店ではお酌をしたいからって言ってたわよ。バーの許可だとカウンターから出ちゃだめでね、ようはお酌しちゃダメなんだって。それで料理店の許可にしたって私は聞いたわ」

とのこと。なので、この時代は料亭であっても芸者さんがお酌をするようなお店では同じように料理店の許可を取っていたと別の場所でも聞きましたな~。ちなみに、それだったら今の時代にコンパニオンがお酌をするようなお店なり旅館では風営法の許可を取っているんでしょうかね~~??

まっ、これは今回の本題じゃないからこの辺に。。

魔除けのためのライオン

そして結構珍しいのが、入り口上部に付けられたこのライオン。この辺で写真を撮る方は、特に皆がこのライオンを撮るのだという。

何でここにライオンがあるのかというと「魔除け」のためなんだそうですよ!

周辺の雰囲気はこのくらいにして、以降は昔の船越・皆ヶ作についていきましょー!

酒代回収のため会社の前で待ち伏せ

昔のことをたくさん語ってくれた

昔のことを聞きたいというと、お母さんとお客さんは当時の思い出を語ってくれました。お客さんも長い間船越にいるこのお店の常連さん。

お母さん:「赤線の時はすごく儲かったってお婆さんが言ってたよ。昔はね、自衛隊の方も多かったし日立や東芝の人もすごく多かったの。工場は三交代制だったから、夜勤明けのお客さんが早朝にドアをたたいて『開けてくれ~』なんてしてた人もいたみたい(笑)」

すぐ近くにある東芝

日立、東芝、自衛隊、あとはトンネルを超えたところに関東自動車もありその方々が船越や皆ヶ作で散財していたとのこと。しかも支払い方法は今とは違い、昔は皆がツケ払いで払っていたそうです。

つまり、給料日まではお金を払わずお店の帳簿に記録してもらい、給料日になったらまとめて払うって流れですね!なので金がなくても飲んでいた、というか飲めたわけです(笑)

「おかね」のお母さん

お母さん:「ここのお母さんが給料日になると日立の表門までいて待機していたの。そしたら日立の人たちがね、『”おかね”のお母さんが表門にいるぞ!』ってなってみんな裏門から帰っちゃったってことがあったの。でも最終的にはみんなちゃんと払ったけどね。」

どぶ板通りを闊歩するMP

お母さん:「自衛隊の方もね、昔は制服を着ないとお店に入れなかったの。でさ、昔は憲兵っていたでしょ。その方達が腕章をつけてね、門限の時間になると一軒一軒覗きに来るのよ。」

現在、ドブ板通りには米軍の方々が暴れ狂わないようにMPの方が闊歩する姿を夜になると目にしたりするんですが、皆ヶ作や船越でもそんな光景が広がっていたそうです。

お母さん:「でもいい街だったの。活気があってね。私は元々茨城県の土浦の人間で東京の青砥で働いてたの。それで嫁(とつ)いでここに来たのね。前は看護婦さんをやっていたのに、それからここで働くことになったわけよ。客扱いとかが全然違うでしょ。だから慣れるまでが凄く大変だった。」

私:「皆ヶ作が活気あったと感じるのはいつ頃までですか?」

お母さん:「活気があったのはいつ頃までだろうね~、平成初期くらいまでかね。賑やかだったときは17:00にはお店の中は満杯だったんだから。」

私:「皆ヶ作って、売春防止法が完全施行されたあとも売春は続いていたんですか?」

お客さん:「売春防止法が施行されてから10年くらいはモグリでやってたんじゃないかな。私もたちんぼの女性見たことあるよ。でもね、ここだとモグリでやってもすぐに通報されちゃうらしいから10年くらい経った後はもうなかったと思うけどね。」

とのこと。

同じ横須賀にあった安浦では、2010年頃までモグリの売春が行われていたようですが皆ヶ作ではそこまで長くは続かなかったようです。

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超大物有名俳優も通った皆ヶ作!

今では皆ヶ作は住宅街となり、昔の面影はほぼない感じ。細い路地に一軒家の民家が建ち並んでいますが、この辺りには大正時代から45軒の銘酒屋が建ち並び、赤線廃止後も多くの旅館や食堂やバーなどが建ち並んだそうです。

が、時代の変化とともに住宅街へと変貌していったわけですね!

ライトが点いた看板が良いね!

そんな皆ヶ作で今でも営業し続けているのが『バー 一二三(ひふみ)』。現在のママさんのお母さんが、今から50年前に始めたお店っす。そのため、赤線時代などの頃の思い出は不明なものの、ここのお母さんからも昭和から平成までの皆ヶ作の歴史を聞けたりします。

ここはすでに取材済みなので、次の続編で取材の様子を紹介しますね!

ちなみに、この近くにある銘酒屋には、まだ有名ではなかった頃の超大物俳優が日々通い詰めていたそうです。地元では今でも有名な話と聞いておりますが、一応その方の名前は伏せますね。。

古くから営業する銭湯『竹の湯』

そしてこの辺には赤線時代には四つの銭湯があったそうです。今でも『竹の湯』という銭湯だけが生き残っています。

1960年頃の皆ヶ作

先ほども書いたように、皆ヶ作周辺の地図として横須賀市中央図書館に残っている一番年代が古いものは1960(昭和35)年のもの。その地図等を参考にして、1960年頃の皆ヶ作を書き込んでみるとこんな感じ。

飲み屋は結構少なくなってはいるものの、海軍の方が住み込みする旅館も多いですね。先ほどの銭湯でいうと、白川温泉という銭湯は「娼婦のお姉さんが通っている銭湯だから」ということで、「あの銭湯には行かないように!」と言われていたという。

ちなみに、欣把(きんば)食堂はオムライスが有名なお店だったとか。この当時は上の地図のように飲み屋や旅館や食堂がたくさんあったそうですが、上の地図に書いている中で今でも営業が続いているのは『バー 一二三』のみですね。。

結婚式も行われていた料亭

その他には、これは船越にある建物ですが上の写真のような『割烹 飯田屋』が残っています。昔は結婚式場がなかったからここで結婚式をする方も多かったようで、このお店は宿泊もできる料亭だったそうですよ。

続きはこちら!船越にも芸者さんがいた!?
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