赤線時代から続く元芸者が開いた飲み屋を取材して、皆ヶ作の背景に迫った〜皆ヶ作Vol.2

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船越には枕芸者がいた!?

そう、おかねのお母さんによると、船越には枕芸者さんがいたそうです。昔の地図をいろいろ見ると、昭和の初期頃は船越周辺に料亭や検番があったそうなので芸者はいたそうなのですが、戦後や赤線時代、さらには昭和後期あたりまでは枕芸者がいたとのこと。

1960年頃の商店街周辺

枕芸者が利用していた代表格の旅館は、船越仲通り商店街の近くにあった「立花旅館」という旅館だったとのこと。いわゆる立花旅館は連れ込み旅館だったということです。上の地図は横須賀市立図書館にある一番古い地図が1960年ということでそれを参考にしたものですが、そこにも立花旅館が載ってました。

『おかね』は1952年から続く店であるためこの時代も健在ですね。で、上の地図を見て立花旅館があるブロックには置屋さんがあり、そこで枕芸者さんが待機していたそうですよ!

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立花旅館があった場所

立花旅館があった場所は、もうセブンイレブンになっていて連れ込み旅館があった面影は全くありませんけどね。。さらには置屋さんがあった場所も新しい家が建っていて、面影は皆無って感じです。。

先代の芸名が由来だった

「おかねって変な名前でしょ~」とお母さんが言っていましたが、これはmoneyの意味ではなく実はここの先代の方の芸名だったそうです。

というのも、今のお母さんのお婆さんに当たるこのお店を始めた方は、もともと立花旅館で枕芸者をしていたとのこと。その際には”かね”という名前で活動をしており、その名前から”おかね”としたそうなんですって!

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立花旅館のことをたくさん語ってくれた

芸者を辞めてこのお店を始めてからも、立花旅館には布団を敷きに行ったりと手伝いは続けていたそうで、その時は結構いい額のチップをもらっていたとのこと。

すげーな。今や全くそんな面影もないし、その当時の記憶がある方はほんのわずかじゃないかと思いますわ!

その他にもこの場所にまつわる話や横須賀の裏話を教えていただきましたが、ちょっと内容的にアウトだと判断して記事に書くのは控えることにします。。

おわりに

瓶ビール一本が500円

お母さんとは二時間三十分近く話したでしょうか。皆ヶ作の歴史に関して本当にたくさんのことを話していただけたわけですが、今回私がお店で飲んだのはビール一本だけ。

んで、お会計はまさかの500円www

なんか安すぎて申し訳なかったっす。。とにかく、ここは今でも海軍の方も利用しておりお母さんがとにかく親切であり料金も安いので今のうちに多くの方に行っていただきたいです。

お母さんによると、あと二年くらいでお店を閉める可能性があるとのこと。もうここでしか聞けない話が多く、この店が無くなったらかつての皆ヶ作の歴史はもう途絶えてしまうだろうな~という感覚。

以上、皆ヶ作にある”おかね”訪問記でした!

↓次の続編記事は、皆ヶ作銘酒屋街のすぐ近くにある飲み屋「バー 一二三(ひふみ)」の訪問記になります!

参考文献

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詳細・地図

住所 神奈川県横須賀市船越町6丁目
アクセス 京急田浦駅から徒歩10分ほど

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