鎌倉の奥地に佇む近代建築「旧里見弴邸」を堪能した!

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こんにちわっす!

日本中の知られざるスポットを取材してブログにしている「知の冒険」。今回の記事では、鎌倉にある知られざる近代建築『旧里見弴邸』を紹介します!!

歴史も自然も多くい人気観光地である鎌倉ですが、その奥地には、素晴らしい近代建築がひっそりと佇んでおりまして、中は喫茶店として営業をしてはいるものの、館内の見学もできる形となっています。

今回は建物を見学しただけでなく、建物の方からもいろんな話を聞かせていただいたので、館内の写真も併せながら以下で紹介いたします!

本記事のポイント

・作家である里見弴が、自ら設計した建物。
・帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの要素が所々に!
・増築した奥の茶室の閑静な雰囲気がたまらん!

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鎌倉の奥地に素晴らしい建物が!!

その旧里見弴(さとみ・とん)邸の場所は、地図で示すとココ!!

鎌倉を代表する観光スポット・鶴岡八幡宮の脇にある細い道を進んでいくとその建物はありますが、観光客が通るルートにはないし、看板なども見かけなかったので、この建物のぞんざいは気づかないかもしれないですね。。

その細い道を進んでいくと、、

素晴らしい外観の建物だ!!

お~~~、これは素晴らしい外観。

入り口の床はタイルになってました
赤い絨毯は、ホテル時代の名残りみたいです

そして扉を開けると、中はこんな感じに(∩´∀`)∩

館内に入ると、スタッフの方が迎えてくれました。入館料を払い、「全国の博物館を巡っていること」「近代建築などの建物が好きであること」を伝えると、この建物の背景や作りについて色々説明してくれました~~(*´▽`*)

この建物は、作家である里見弴が暮らした建物。1924(大正15)年に竣工し、設計は里見自身が行ったそうです。里見弴は作家であって建築家ではないものの、自身で設計をしたんですって!

とはいえ、里見自身は10年ほどこの建物に住んだ後は建物を手放すことになります。その後、戦後は米軍に接収され、10年ほどホテルになったこともあったそうですが、現在は一般公開されています。

一応、旧里見弴邸が歩んだ歴史を簡単にまとめておきます!

旧里見弴邸の変遷
1925(大正14)年
里見弴が設計して、竣工
1929(昭和4)年
奥の茶室を増築。
1936(昭和11)年
里見が建物を手放し、別の方の所有に。
1945(昭和20)年頃の戦後
米軍に接収され、将校の自宅となる。
1952(昭和27)年頃
将校の自宅の後は、10年ほどホテルになる。
1962(昭和27)年頃
今の持ち主である石川さんの所有に。
その後、建築事務所を経て、現在は喫茶を兼ねた一般公開をしているだけでなく、イベント企画、貸しスペースとしても活用されている。

※年数はおおよそなので、あくまで参考値としてください・・

観光ルートから外れた奥地にあるため、中々その存在は気づきにくいものの、今では文学好きの方、さらには私の様に建物好きの方などが訪れるそうです。

ただ、その中で意外だったのが、ゲーマーの方もやって来るとのこと!!

「ゲーマー?何で?」

って思いましたが、、、

なんか最近は『文豪とアルケミスト』というゲームが流行っているようで、このゲームの中に里見弴が出て来ることから、「里見にゆかりのある場所に行ってみたい!」という方が訪れるそうです。

めっちゃ意外(‘Д’)

そして、里見弴さんについても触れておきたいのですが、里見弴さんって、私はこの建物に来るまでご存じではなくこの建物の存在から彼の名を知りました。。旧里見弴邸のHPにも彼の略歴が書かれていますので、気になった方はHPを見ていただければと思います<m(__)m>

兄は有島武郎、有島生馬とともに芸術家兄弟といわれた鎌倉文士のひとりであり、小津安二郎とも親交があったみたいですね。ちなみに、奥さんは大阪の置屋さんの娘で芸者さんだった方。親に勘当されたものの、大恋愛の際に結婚したなんてことも、スタッフの方が教えてくれました!

大船に松竹の撮影所があったことで小津監督も鎌倉によく訪れていましたし、ちょっとネットをググると、小津監督や里見弴にまつわる鎌倉で育まれた映画文化についての記事もあり、この辺の話も私的には実に興味深い。

フランク・ロイド・ライト要素が所々に!

建物の背景を簡単に話したところで、続いては建物の造りについてまとめていきたいと思います。

建物が出来た当時、階段は大谷石だったそうですよ

博物館施設を巡ってるうちに、色んな建築家の名前や特徴を初心者ながら覚えていってるわけですが、この建物の外観を見たときに思いました・・。

「フランク・ロイド・ライトっぽいな・・」

建築について詳しいわけではないので、フランク・ロイド・ライトという人物について詳しく語れるかと言えばそうではないんですが、彼は建築家であって、国内にも彼が設計した、あるいは彼に師事した方が設計したなど由縁のある建物が今も残されています。

その中でも、一番有名なのが帝国ホテルでしょうか!!

明治村に移築された「帝国ホテル中央玄関」

今でも、愛知県の明治村には帝国ホテル中央玄関の建物が移築してありますが、この色合いやゴツゴツした感じ、柱の形など特徴のある外観をしています。

この建物を見れば、旧里見弴邸も特徴を模していると、なんとなくわかるのではないでしょうか??

ということで、建築家でもない作家である里見弴が自身で設計したこの建物ですが、なぜ、里見はフランク・ロイド・ライトの要素を取り入れた建物にしたのか??

それは、今から100年前に発生した関東大震災が大きな要因だったのではないかと、スタッフの方は話してくれました!

1923(大正12)年に発生した関東大震災。まだ耐震という概念が薄かった時代ということもあり、この震災で多くの建物が倒壊したわけですが、帝国ホテルはこの震災が発生した年に竣工(震災より前)し、無事にこの震災を乗り越えました。

ということもあり、「関東大震災を乗り越え地震に強い建物」ということでフランク・ロイド・ライトの設計が、この頃に流行ったそうです。里見も震災時は東京にいたこともあり、こういう話を聞いた可能性があるとのことで、そうした背景から今のような建物が出来上がったのではないかと!!

今のスタッフの方は建築家ということもあり、この建物の秘密を探るべく実際に実測して図面に起こしたそうです。そうすると、色んなことが分かって来たんですって!

旧里見弴邸の館内で見られる造りについて
フランク・ロイド・ライトの要素
・部屋の角を削らずに、多角形ように角を斜めにする。
・六角形の窓、さらには窓枠の太い枠など
日本建築の手法
・座敷を最初に並べ、その周りに廊下をつくり、その廊下にいろんな部屋を付随していくというを日本建築の手法取り入れている。

まだ他にもあるとは思いますが、パット私に説明していただいた内容はこんな感じ!

六角形や太い枠が印象的

上のフランク・ロイド・ライトの要素にも書いた、「六角形の窓」「部屋の角を削らずに、多角形ように角を斜めにする」というのはこの写真でも分かるかと思います。

あとは、ここにソファーが置いてあると思いますが、このソファーを置いてあるスペースを作るために窓に奥行きをつけている造りも、特徴の一つであるそうです。

後はこの階段の手すりのカクカクした感じも、フランク・ロイド・ライトっぽいような・・。

歴史を感じるナースコール

では、続いてはフランク・ロイド・ライト要素以外の、館内で見たいろんな特徴や目玉を紹介していきたいと思います!

入り口を入って右側にあるこちらが、この建物のメインフロアですかね。現在は喫茶店も兼ねているので、ここでコーヒーをたしなむことも可です。

暖炉のレンガは、埼玉県深谷産だよ(*´▽`*)

その部屋の角には、こうした暖炉が見られ、里見弴の作品も並べられています。彼の小説も読んでみたいですし、鎌倉や大船に関する歴史をまとめた本も見られ、私が興味ある本ばかり!!

あと、この方向からの風景なんか好きですわ。

メインの部屋の次は廊下へ!

両側にいくつか部屋がありますが、右側が家族が暮らすスペースで、左側は女中部屋。右側と左側で入り口の高さが異なるところがキニナルところです。

そして、廊下にあるこちらがこの建物の見所の一つだったりします!

こちらは今でいうナースコール。何かあった時に女中を呼ぶための装置ですが、女中の部屋の入り口正面にあるのも納得!

すると、、、

「中はこんな感じになってるんですよ!」

っと、スタッフの方がパカッと開けてくれました(*´▽`*)

スタッフの方が、中を見せてくれました!

お~中はこんな感じになってるんですね~~

各部屋にブザーがあって、ブザーを推すとカタンと落ちて、どの部屋で呼ばれたかが分かる仕組みになっています。こういう仕組みになっているのか、なるほど!!

続いてはこの階段を上って行くわけですが、、

階段の付近にはこうしたアールが見られたりと、美しい作りが所々に。

階段の上部に見られるこのステンドグラスも、ライトをイメージしたデザインになっているそうです。

二階はどうなってたんだろか・・?

このまま二階に上がろうと思ったんですが、二階は非公開となっております。

とはいえ、階段の踊り場から茶室に抜ける通路があるので、このまま和の空間が広がる茶室へ!

増築部分の茶室は雰囲気抜群

あと、茅葺き屋根になっとります

階段を上って細い通路を進むと、一気に和の空間が広がります。ここは、大正14年に竣工してから4年後に増築した茶室仕立ての建物。京都の数寄屋大工を呼び、話し合いながら建物は作られたそうですよ。

洋風な本館から、一気に和の空間へワープするわけですが、人が多い観光ルートから外れた閑静な場所に位置するだけに、ボーっと黄昏れたりと、とても落ち着く雰囲気!!

茶室の部屋はこんな感じで、部屋が襖で区切られてる感じ。

このビニールシートに関してはスタッフの方に聞きそびれましたが、雨漏り対策??

この静かな雰囲気が何とも心地よい。。閑静な場所にある穴場ということもあり、お客さんも少なくこうした場所でゆっくりできるのは至福のひと時ですわ(∩´∀`)∩

年取った後は、こうした閑静な場所で隠居生活を送るのも良いな~とか、色んなこと考えてました。。(笑)

そして、この茶室における造りについてもちょっと説明を加えると、、

スタッフの方からこの廊下の天井と壁について少し説明を頂いたんですが、、

素材としては、里見が白樺派(「白樺」という同人誌に集った作家たちの集まり)ということもあって、建物にはあまり使われない白樺の木を取り入れたり、上部の窓は下地窓(漆喰を塗り残して窓にしている)という茶室ではよく取り入れる窓が使われている。

あとは、柱の角を削って細く見えるようにしているという数寄屋大工ならではの特徴も見えたりします。

大工道具である釿(ちょうな)で彫られた矢柄
この灯りは、ちょっと洋風に見える・・

そして、こちらの半円の窓からは、、、

井戸が見えるんですが、竣工当時はこの井戸で生活用水をまかなっていたみたいです。

おわりに

はい、以上になります!

二階は非公開となっていたりで、そこまで館内は広いわけではないですが、建物だけでなく雰囲気も素敵な場所でした。スタッフの方も凄く気さくで、建物以外の鎌倉と顔舟の街の歴史だったり、1時間以上はしゃべってたんじゃないかと思います。

私は15年近く鎌倉に住んでましたが、里見邸の建物の存在は全く知りませんでしたが、にぎやかな観光地から少し外れた閑静な場所に位置してるだけあって、本当に最高でした!

市内の建物としては、旧華頂宮亭、旧古賀邸など未訪問の施設は多々あるので、これからも足を運んでいこうと思います。

藤沢駅の近くに佇む「旧近藤邸」

ちなみに、フランク・ロイド・ライトの国内で建てられた建物としては「帝国ホテル」が有名かとは思いますが、鎌倉の近くでいうと、藤沢駅から歩いて数分の場所に「旧近藤邸」という彼に由縁のある建物があります。

この建物は、フランク・ロイド・ライトが設計した建物ではないものの、建築家フランク・ロイド・ライトに6年間師事した遠藤新(えんどう・あらた)によって設計されました。パット見でも、ライトの要素を感じ取ることが出来るかと思います。

こちらの旧近藤邸は、だいぶ前に訪問済みではあるので、こちらもいずれ記事にはしようと思ってますよん♪

ではでは、また次の記事でお会いしましょ~~!

参考文献

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詳細・地図

住所 神奈川県鎌倉市西御門1丁目19−3
入館料 300円(喫茶を利用の場合は無料)
開館時間 11:00~17:00
休館日 月曜日、火曜日、水曜日
駐車場 1台のみ
電話番号 0467-23-7477
アクセス 鎌倉駅から徒歩30分ほど
リンク https://nishimikado-salone.com/

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