ビートたけしもやって来た山梨の激レトロ映画館「大正館」とは!?

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こんちわっす!

今回は、山梨県にある大正13年から続いた映画館の話です。それは、山梨県の東側にある上野原市という場所に建つ大正館。まぁね、世の中からすると「何でこの建物を取り上げるんや?」って思うかもしれませんけど、古い建物を見つけてその歴史を掘り返してみると、いろんな発見があったり、ドラマがあるわけですよ!

しかもこの建物、ビートたけしもやって来たというのだから驚き!!

ご主人さんにもお伺いして、いろんな歴史を掘り下げて来たので以下で紹介していきますね!

本記事のポイント

・大正元年の建物で、国の登録有形文化財にも指定されている
・昭和63年に閉館し、最後の上映はドラえもんだった!
・映画のポスターを即売することで、映画ファンが全国から殺到

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映写機は閉館当時のまま

上野原は酒まんじゅうが名物

山梨県の東側にある上野原市。

上野原って地名はあんまメジャーではないかもしれませんが、東京から山梨方面に行く際に通る場所です。JR中央本線の駅名にもなってるし、中央自動車道のインターチェンジの名前にも使われていますね。

かつては甲州街道の宿場町の一つであり、養蚕業が行われている町でもありました。

大正元年に建てられた大正館

そんな上野原にあるのが、大正元年に建てられたこちらの大正館。当初は演芸館として開館したあと、大正13年に山口全一氏が十五万円で興行権を譲り受け映画専門館としていました。

大正時代は、映画館(当時は活動写真といってました)が乱立した時期でした。そもそも、映画が日本に伝来したのは、明治三十年のころ。明治時代まで、大衆娯楽の王道といえば歌舞伎であり、その明治歌舞伎の全盛期は明治二十年代まで。三十年頃からは、人々の関心は動く写真になり、それ以降、活動写真館が建てられていくことになったんですね。

山梨県でいえば、大正から昭和初期にかけて甲府市の中心部には壮観なアメリカンスタイルの常設活動写真館が次々に開設。大正館も、その時代の流れに乗って、大正13年から映画館となったんですかね。

木造で、表はモルタルで固められている感じで。戦前の建物ではあるものの、「大正館」の文字は「館正大」と右から左ではないのかとちょっと気になりましたけどね。

入り口と受付

現在は建物があるのみで、扉は閉まったまま。受付も木の板でふさがれていて、中は見ることが出来ず。。

左には映写室の扉が

そんな感じでこの建物を眺めていたら、隣の建物からご主人さんが現れました。私がこの建物を見ながら周囲をウロウロしていたので、それに気づいて出てきてくれたみたいです。

ご主人さん登場

私みたいに、この建物を身に来たり写真を撮りに来る方はちょくちょく現れるとのこと。そんな話をしていると、「ここ見て行くかい??」と言って、映写室の中を見せてくれることに!

二台の映写機が残る

おーーーー凄い!!

映写室の中には、二台の映写機が閉館した当時のまま残ってました。何で二台の映写機があるのかというと、昔は一つのフィルムでは10分か15分しか巻くことが出来なかったため、二台交互に映写をし、片方が映写している間にもう片方をフィルムの準備をする、それを一つの映画で何回か繰り返す必要があったようです。

へ~~知らんかったわ~~

中はこんな感じ
ここにもフィルムが
フィルムが巻かれている

そんな感じで大正館についていろんな話を聞いていると、ご主人さんが「ちょっと休んでいくかい?」といって、家に上がらせてくれてお茶を出してくれました!

ご主人さんの家に上がらせていただいた

いや~本当にありがたい。地方に行くと、こうして家に上がらせていただいてお茶とかお菓子をごちそうになるって結構あるんですよね。都会じゃあんまりないっすよね、こういうの。

家に上がると、ご主人さんからは大正館だけでなく山梨県のいろんな歴史を語ってくれました。

そんで、上野原市についても、昔はこの辺の養蚕によってつくられた生糸が売られる市があって、横浜から商人が買いに来ると、そのお金が関山遊廓へと消えていったとかね。

そうそう、山梨県には遊廓は二か所だけありまして、それが甲府の穴切遊廓とこの関山遊廓なんですわ。関山に関しては以前記事にまとめていましたが、そんな遊廓の話も飛び出したりしたんですね。

そしていろんな話をしている間に、話題は、お笑いビッグ3の一人でもある、ビートたけしがこの大正館にやって来たという話に!

ビートたけしの映画に登場した

ご主人の話によると、実はこの大正館、世界の巨匠ことビートたけし監督の作品に登場していたんですって。

その作品とは『素晴らしき休日 One Fine Day』。ご主人さんから聞くまで、全くその作品の存在を知らなかったのですが、ググって調べてみると、この映画はカンヌ映画祭からの依頼「映画館をテーマにした3分間の映画」のために、撮られたみたいです。

ちょっと特殊な映画なんですね。

↑ネットを漁ると、こちらのサイトでその作品が見られるようです。三分なので、是非見てほしいんですが、映画の中では建物上部の「大正館」の文字は出てこず、受付周辺と館内しか映っていません。

ネットを検索しても一切出てこないように、この作品が大正館で撮られたというのは全く知られてないみたいですね。でも、受付のシーンと私が撮った写真を見ると、まさにその場所ということがわかるかと思います!

ってか、映画の中に出て来る「ヒカリ座」の外観が、まさに大正館そのままww

とある日、突然たけしさんは撮影にやってきたとようです。

たけし:「あ~どうもこんばんは、たけしだけどここで撮影しても良いですか?」

ご主人:「おめぇ誰だよ!」

たけし:「あれっ、俺を知らないってのは初めてだな、まいったな」

まっ、マジかww

ご主人さん、結構頑固ということもあってか、あの世界のビートたけしに「帰れ!」を連発。これにはたけしも「ありゃ、まいったな!」と困惑してしまったという。

撮影の間、たけしはご主人さんの自宅にも上がっていたものの、ご主人さんはにべもない態度だったとか。どうやら、いきなりやって来たことにご主人さんはカチンときたようだ。

それでも五日間ほど、この大正館の建物を使って撮影をしたようです。お昼には、もう閉店した坂本屋というお寿司屋さんで食事をしたとか。しかし三分の映画とはいえ、五日間も撮影していたとは、やっぱり映画って作るの大変なんだな。。

映画のポスター配布が大反響

そんな大正館ですが、ここはある出来事で一躍話題になったそうです!

それが、昭和40年~60年に上映されたポスターの即売会!

私が訪問した時も、そのポスター即売会の看板が立てかけられておりました。この即売会はかなりの反響だったようで、結構な枚数があったもののすべて売り切れてしまったそうです。。

マジか、、残ってたら私も買いたかったな!

裕次郎じゃなかったっけ??

多くの方に楽しんでもらいたいと、2007(平成19)年、1,500点のポスターを一枚千円で販売。

昭和40~60年の頃の映画ということで、石原裕次郎や勝慎太郎、さらには若かりし頃の加山雄三や渡哲也。あとは特撮映画のゴジラとかもあったみたいっすよ。

山梨日日新聞など全国紙にも取り上げられた

新聞やラジオにも取り上げられたようで、最初は地元紙である山梨日日新聞が取り上げてくれ、その後は読売新聞や朝日新聞、最後には産経新聞も取材しに来たそうです。

それだけメディアに取り上げられたもんだから、遠くからは青森県からもやって来るなど、全国の映画好きが殺到。ある日には、即売は9時からなのに、待ちきれないファンが8時には外でガヤガヤ殺到した日もあったそうです。

ネットを検索すると、即売会をやっている様子の投稿も見られました。

あとご主人さんは、こんなことも話してくれました。

「あ~こんな人もいたよ。東京から料亭の女将さんがやってきてね、『ポスターいくらで売ってますか?』って聞くから、1,000円で売ってるっていうとね、『それは安すぎます!』っていうわけ。だから、5,000円でも買いますかって聞いたら『5,000円でも買います!それでも安いくらいですよ!』て言って、買ってったんだよ。だったらもっと高く売ればよかったってね(笑)」

という感じで、とにかくいろんなファンがここを訪れたようです。

とはいえ、ポスターはホコリが被っているため雑巾でふき、クシャクシャになっているからアイロンもかける。何枚ものポスターを一枚ずつやるわけだから、腕が腱鞘炎になるほどの労働だったそうです。

それだけでなく、ポスター以外にも大正館には時々建物をカメラに納めに来る方がやって来るそうです。

中には「あの~、中見たいのですが入館料とかいるのでしょうか?」と聞きに来る方もいたそうです。

たしかに、レトロな建物が好きな人からすると、金払ってでもこういう建物の中は見てみないもんだよな~。

最後の上映は「ドラえもん」

そんな大正館は1988(昭和63)年に閉館することに。私が生まれた翌年なんですね。。

時代の流れということもあるようですが、一番の要因は娘さんの学費だったそうです。娘さんが私立の音楽大学に行きたいということになったそうなんですが、ご主人さんは学費を見てビックリ!!

マジで音大って、楽器にもよるみたいですが学費半端ないらしいっすね。レッスンとかもあるみたいだし。公立とかまぁ一般的な学費の大学ならまだしも、音大の学費を映画館の収入では賄うのはもはや不可能、、、それが大正館が閉館した一番の要因だったんですって。

となりの建物で人形屋に転業

そのため、ご主人さんは日本人形やひな人形を販売するお店「人形の大正館」を隣の建物で開業し、大正館の建物は人形の倉庫にしたとのこと。

1924(大正13)年から64年の間、映画館として営業し続けた大正館は、最後にドラえもんの映画を上映して、その歴史に幕を閉じたそうです。

おわりに

老朽化が激しい・・

この建物は、1997(平成9)年、登録有形文化財に登録されているものの、受付の上を見てもわかるように、外壁のモルタルが剥がれてしまっております。老朽化はかなりのもの。。

ご主人さんは「老朽化も進んでるし、早く取り壊したいんだよね」とおっしゃってました。

戦前、山梨県には甲府市になどにたくさんの映画館が経ったわけですが、空襲で焼失したこともあり、戦前の映画館の建物としてはこれが唯一(なはず・・)。

この建物ももうすぐなくなってしまうわけだ、、寂しい気もするが、それははたから見てるからってのもあるかな。ご主人さんからすると、維持管理するのも大変だし、いつまでも・・とはいかないわけだ。

しかし何はともあれ、ぶっ壊れる前にご主人さんと話せて良かったわ。。

参考文献

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詳細・地図

住所 山梨県上野原市上野原1404
駐車場 なし
アクセス JR上野原駅から徒歩30分ほど

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