秩父には昭和11年創業のレトロ銭湯「たから湯」がある!

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こんちわっす!

今回は久々に銭湯がテーマです。そしてどこの銭湯かというと、埼玉県にある秩父市っすね。

秩父には今でも二軒のレトロな銭湯が残っておりまして、今日はその一つである「たから湯」に入ってきました。ご主人さんがすごく親切で、館内の写真を撮らせてくれて歴史も少しばかり話してくれたので、その辺の話を以下でまとめていこうと思います~~♨

本記事のポイント

・風呂場には、タイル張りの浴槽や富士山のペンキ絵がある!
・たから湯の近くには花街があり、芸者さんも入りに来ていた
・2020年現在で秩父に残る銭湯は、わずか二軒!

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お蚕さんと石灰石の街「秩父」

秩父の街並みと武甲山

今回の舞台は埼玉県秩父市ですわい!

みなさんは秩父市というと何を思い浮かべますかね?

最近ではジオパークにも認定されたようですし、あとはアニメの舞台になることも多いので、アニオタには結構認知度が高いかもしれませんね(笑)

とはいうものの、この地には秩父三十四観音札所巡りがあるとても歴史がある街ですし、卒業ソングの王道でもある『旅立ちの日に』という曲は、秩父市内にある影森中学校の音楽の先生が作った曲というような話もあったりね(*´▽`*)

秩父に多かった養蚕農家

そんな秩父ですが、この街を支えた産業の一つは養蚕でした。江戸時代末期から横浜港が開港したことで、外国へと爆発的に生糸が売れたこともあり、甲信越地方では多くの養蚕農家が誕生し、農家の副業としても大流行りだった養蚕業。

秩父でも多くの人によってお蚕が飼われていたようで、今でも養蚕農家の建物を見かけることができるんですね~~!

秩父のシンボル「武甲山」

あとは石灰石ですかね!

秩父のシンボルでもある武甲山(ぶこうざん)を削りに削りまくって算出した石灰石も大きな産業の一つ。大正時代から削りまくったせいで山頂の形が変形してしまいましたからね(;’∀’)

そんな秩父の街ですが、この街にも、銭湯はもちろんあったわけです。

そして、2020年の現在でも営業を続けている銭湯が二軒ありましてですね、今回訪問したのはその一つの「たから湯」なんすな♨

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その「たから湯」がこちら!

いや~いかにも時代を感じさせてくれる佇まいですね。煙突と言い入り口付近の雰囲気と言い、こりゃ入湯しないわけにはいきませんわ!

とはいうものの、私が最初にこの付近に来たのはお昼時の12:00頃。銭湯は14:00から営業するということで、ちょっと別用を先に済ますことにして、夕方頃に再度訪問することにしやした!!

入り口上部には、右から左に「湯らかた」という文字が掲げられているようですが、「た」と「か」の文字が旧文字過ぎて読めん。。

ではでは、早速入ってみることにしましょう!!

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時代を感じるタイル張りの浴槽

館内はこんな感じ!

まずは番頭のお父さんに入浴料380円を支払い、早速入湯へ・・と思ったのですが、ちょうどお客さんが誰もいないタイミングだったようでしてですね、ご主人に許可を撮って風呂場を撮影させていただけることになりました(*´▽`*)


カメラを持って、浴室へGO------!

すさまじく時代を感じる浴場

おおーーーーーーーー素晴らしい。

素晴らしく時代を感じさせてくれる銭湯ですね。背景のペンキ絵はやはり富士山。とはいうものの、富士山の大きさはちょっと控えめですね。

手前には湖が描かれていて、その水面にヨットが浮かんでいる姿もペンキ絵ではよく見る光景かな!

ちなみに女湯は日本三大三景の松島が描かれているそうです!

日付とサインが残っていた

浴槽は二つに分かれておりますが、どちらも同じ湯ですかね。片方の湯舟には大人が三人くらい入ればいっぱいって感じのこじんまりとした浴槽。

タイルは縁がオレンジチックな色で表面は水色ですかね。

浴槽にしろ浴室にしろかなりこじんまりとしております。写真を撮った後はじっくり湯船に浸からせていただきましたが、本当にリフレッシュできましたよ!

最近は、新型コロナウイルスのせいで家に居続けたせいでストレス溜まりまくりの状態でしたからね~~、湯船はちょうどいい温度でとても心地よかったっす!!

ケロリンは鉄板

洗い場は、今のスーパー銭湯に慣れている方だと蛇口がどえらく低く見えるでしょうね~!

ちなみに、銭湯に通い始めたころはシャワーじゃないとダメでしたが、今はレバー式の蛇口だけでももう慣れてしまいました(笑)

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かつては芸者さんも来ていた!?

ではでは、ここからちょっとばかり、たから湯の歴史に関してのお話を!

元待合の「花月」

今でも多くの常連さんに支えられているたから湯ですが、今から数十年前の昭和の時代、お店の周辺には料亭や旅館が建っていた花街があだったようです。そのため、芸者さんも訪れていたんですって!

現在でも、銭湯の近くには、かすかにその歴史の生き証人として残っている「花月」という屋号だった待合が残っています。ここは現在はヨガ教室になっているようですよ!

とはいうものの、検番があった場所にはその名残は残ってませんでしたけどね。地元の方の何人かに話を聞きはしましたが、芸者さんがいたのは50年近く前らしく、だいぶ昔の話だったんですね。。

火事で廃業した「つるの湯」

ちなみにですが、検番に一番近い場所には「つるの湯」という銭湯があったようで、芸者さんなど花街関係の方はこちらの銭湯に行くことが多かったようです。

とはいうものの、詳しい時期は不明ですがこちらの銭湯は火事がきっかけで廃業しちまったみたいです。。

こんな看板が残ってた

よ~~く建物を見ると、銭湯の名残がわずかにですが残されておりました!

どんどん姿を消す銭湯。。

そんな銭湯ですが、ご主人さんによると埼玉県や秩父市からの補助もわずかであるため、 銭湯の経営は本当に大変とのこと。。

お湯を沸かすための窯を新しくすると半額が出るとか、水道は一般の家庭に比べたら安くはしてくれている様なのですが、電気代やカス代に関しての補助は(ほぼ?)ないとのこと。。

とはいえ、たから湯は灯油でお湯を沸かしていることもあって、都市ガスに比べるとガス代は安くすんでるみたいですけどね!

横浜市山手にある『いなり湯』

私が住んでいる神奈川県も結構補助が少ないようで、水道代は市がある程度出してくれるようですが、都市ガスでお湯を沸かしている場合は、本当にガス代がかかるとか。。

顔見知りになっている横浜の「いなり湯」の御主人と話していた時、結構そんなことを嘆いておりましたよ。。

秩父市の入浴料は380円

ちなみに、秩父市の入浴料は大人で380円。埼玉県で定めている入浴料は450円なので結構安めですね。

現在は健康ランドなども増えて多くの方がそういうところに流れてしまうし、国からの補助も少ないことから、「もう銭湯はね、見捨てられてしまってるようなものですよ。大事な文化だと思ってもっと保護してもらいたいものだけどね。。」と、ご主人さん。

現在の客層としては、地元の常連さんが八割くらいで、残りの二割が秩父へやってきた観光客の方々など。

埼玉県でもどんどん銭湯は姿を消しているようで、ついこの間も川越にあった「旭湯」って銭湯が廃業してしまったそうす。50代の男性が一人で切り盛りしてたみたいなんですが、銭湯って一人で賄うのは無理みたいですね。掃除から何からやること多いし、番台にだって座ってなきゃいけないし。。

そんなこんなでご主人さんにいろんな話をしていただき、「また来ますね!」と別れを告げて銭湯を後にしたのでした。

おわりに

また入りに行こう

入浴時間も含めて40分近くしか滞在できませんでしたが、ご主人さんがすんごく親切でいろんな話をしてくれて本当に入りに行ってよかったっす!!

秩父はまた近いうちに訪問する予定なので、次回行ったときにまた入りに行きたいものですな。

銭湯は年々姿を消していることもあり、今営業しているうちに訪問して記録に残したいところ。私のブログの意義としては、「資料に残らない街の歴史を記録しておく」というのが一つの命題ですので!!

では、今回はこのくらいで!!

参考文献

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詳細・地図

住所 埼玉県秩父市道生町6−17
営業時間 14:00~20:30
休業日 月曜日
駐車場 なし
電話番号 0494-22-3079
アクセス 秩父駅から徒歩4分
リンク https://hitoppuro.com/shop_detail.php?shop_id=1025

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