開港した横浜への主要道路であった「横浜道」を走破して調査した!

↑更新・取材裏情報はTwitterにて(^ ^)
最後のページになります、ではいきましょ~!

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横浜道の高台である「野毛の切通し」

続いては野毛の切通しです。掃部山公園付近の場所から野毛の通りまでを一気に紹介しますよ~。
この辺りからは、少しずつ道が上り坂になっていきます。というのも、この辺りからは野毛の切通しという山を切り開いて造られた道になるからです!

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※「今昔マップ on the web」を元に作成
地図で見ると一目瞭然ではありますが、上の地図で赤く引いた横浜道の中で黒丸で囲った部分だけ標高が高くなっているのがお分かりだと思います。
改めてですが、ここは野毛の切通しと言われており、野毛の山を切り開いて作られた道です。開港した当時の横浜道よりは、かなり道幅が広くなっており、1928年の市電長者町線の整備の際に道幅を拡張したからだとか。
夕方になり、空が徐々に暗くなってきました。開港間もない戸部や野毛の丘には、横浜の行政事務や地域の取り締まりを行う神奈川奉行所や官舎が置かれていただけでなく、関門や番所が置かれていたそうです。
開港後は、元町や山手の丘の方には外国人の西洋館などが多く建てられており、そこに対抗して、ここの丘には日本人である横浜の商人たちが別荘を建ててもいたようです。
ここは横浜道の中でも注目のポイントであるのか、やはり説明板が立っておりました。
そして、この野毛の切通し付近は横浜村に近づいてきているということもあり、多くの隠れスポットがあるのです。例えば掃部山(かもんやま)公園とか、鉄道湧水とか。あとは、横浜実は発祥が多いのですが、ガス灯発祥の地などもあるのですよ!

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▲花見の名所として有名な「掃部山公園」
横浜道からは少しそれますが、掃部山公園はこの辺では押さえておきたいスポットかもしれません。最近では、花見の名所としても有名で、春が近づくとビニールシートで花見の争奪戦が行われることでも知られます!マナーは守りましょうね(*´Д`)
掃部山公園は、元々不動山と呼ばれていたようですが、井伊掃部頭直弼(いいかもんのかみなおすけ)の銅像が建立され、掃部山公園と呼ばれているそうです。
切通しを通過して坂を下ると、大きな交差点に差し掛かります。
ここからは、野毛のエリアになり野毛坂通りという通りが現れます。「野毛坂通り」という名称が今ではつけられているようなのですが、ここもかつての横浜道となるのですよ!
この近くには野毛山動物園があるからか、「動物園通り」という通りが!ここには動物はいないのかしら??そして、上の写真の右側にはちょっとした広場があるのですが、そこには日本で初めて使用された水道管が展示されていたりします。
▲野毛に展示されている日本最古の水道管
先ほどもちらっと紹介しましたが、横浜は近代水道発祥の地としても知られています。その近代水道を築くにあたり、イギリス人技師のヘンリー・スペンサー・パーマーという方が、日本の水道技術に大きく貢献していることは、知っておいた方がいいかもしれませんね!
この場所では、実際に使われていた日本最古の水道管が展示してあります。
真ん中に描かれている人物は、パーマー氏です!!横浜の水道の歴史に関しては、横浜水道記念館を訪れた際の事を記事にまとめていますので、こちらもご覧になってみて下さい!!

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野毛のエリアから終点吉田橋まで

とうとう最後のエリアです。野毛の切通しを下り終え、野毛の商店街と吉田町商店街を抜ければゴールの吉田橋です。
野毛の切通しから下り坂を下っていき、野毛の商店街へと入ってきます。
野毛の商店街を通っていきます。
この先は、野毛の飲み屋街になり横浜道の一部ではありません。。野毛の街は戦後に発展した飲み屋街。戦後、桜木町駅の近くに職安が出来たことなどからこの辺りは多くのバラックなどが立つようになり、今の街の原型を作っていたようです。
野毛には、美空ひばりの像やケチャップを使ったスパゲティナポリタン発祥の「センターグリル」、焼き餃子発祥の店である萬里(ばんり)などなど、飲み屋だけでなく歴史あるお店も多いのですよ!
野毛の商店街を抜けると大岡川を渡るための都橋が登場します。この橋を渡ると吉田町商店街を通るわけです。
この橋からは、福富町のソープ街に建つお店が何軒か見えますが、正面に見えるのはソープ店としては日本最大の店舗数を構える角えびの赤い明かりが見えるのが象徴的!!角えびは、吉原に初のトルコ風呂を構えたお店。
鈴木正雄というかつて輪タクという乗り物で吉原周辺で働いていた男が、風俗の業界で財を成したという歴史あるお店です。角えびグループは、角海老ボクシングや角海老宝石なども営んでいるのです!ちなみに、三浦屋というソープ店もソープ街でちょくちょく見かけるお店ですが、それも鈴木正雄関係のお店。まぁこの業界の話は話し出すときりがないのでこの辺で。。。
橋を渡ると、吉田町商店街という商店街を通ります。
有名な鶏肉屋さんなのか、多くのお客さんで賑わっていた「梅やの鶏肉」。
▲横浜道終点の吉田橋
そして、吉田町商店街を抜けてゴール地点の吉田橋に到着。今回の横浜道取材は、スタート地点の浅間橋交差点を14:30にスタートして、途中で昼飯を食うなどしてチンタラしながら歩き、16:35に吉田橋に到着。何だかんだ、2時間近くでの走破となりました。
最後に吉田橋は、日本で一番最初に出来た鉄の橋。この橋の下には今は高速道路が走っていますが、昔は川が流れていたのですよ!この先には、馬車道という歴史ある道が始まりのですが、それはまた別の記事で色々紹介できればと思います。
今回歩いた道なりで、昔の方々は東海道から開港した横浜へと足を運んだのでした。そんなに多くの痕跡が残っているわけではありませんでしたが、色々眺めながら歴史ある道を歩くのは色々な発見があって面白いものです!そんなこんなで、関内駅で京浜東北線に乗り、わが家がある川崎へと帰ったのでした。。

おわりに

元々私は横浜で生まれ横浜で育ったのですが、知の冒険を始めるまではあんまり横浜についてはよく知らなかったんですよね。。でも、横浜には開港の歴史があることもありもう探すときりがないくらい多くの歴史や物語が秘められているのですな~!
今回は、東海道から横濱村を結んだ横浜道に関する記事でしたが、まだまだ横浜には多くの歴史や面白スポットなどが多数あるため、まだまだ今後も記事を書きまくっていこうと思いますぞ!!

参考文献

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詳細・地図

住所 神奈川県横浜市西区・中区
リンク http://www.city.yokohama.lg.jp/nishi/miryoku/rekishikaido/yokohamamiti.html
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