今回訪問したのは、山梨県の県庁所在地である甲府市にある超渋い飲み屋街に関する記事です。甲府には遊郭だった穴切遊郭や芸者さんがたくさんいた花街である若松町があったりした街。
飲み屋なども基本的には駅の南側に集中しているんですが、そんな中、北口の方には「新天街」という最高に渋い飲み屋街がポツンと残っているんですね!
今回は、そんな渋い新天街の雰囲気を紹介するだけでなく、最古参の飲み屋のお母さんにも取材をしたので、歴史も踏まえながらこの新天街の全貌を以下で紹介していこうと思いますぜ!
甲府駅北口にひっそりとある
甲府駅の周辺って皆さん歩いたことはありますでしょうか?
甲府駅は、駅の南口に歓楽街が集中している感じで、かつての遊郭だった「穴切遊郭」、あとは多くの芸者の街だった若松町、さらには飲み屋や大人のお風呂屋などもほっとんど南側に集中しているんですね!!
この辺は、旧甲州街道が駅の南側を通っていて昔から人の出入りが南側に集中していたからだと思われるわけです。
一方、北口はというと歓楽街的なエリアはほとんどなく図書館や庁舎があったりと結構落ち着いた雰囲気。。ではあるものの、上の地図で示した場所には超激シブな飲み屋街が今でも残っていたりするんですね。
ということで、早速その新天街へと向かうことに!
はい到着!
大通りに面していて、こんな感じでポツンと佇む新天街。駅からは徒歩15分というちょっと離れた場所ですし、基本飲みに行くと言ったら南口に行ってしまうと思うので、地元の方じゃないとまず来ない場所でしょうね(⌒-⌒; )
今までこの辺は何度も車で通過していた私も最近までは全く気づかないほど存在感がは薄い。。しかし、一旦気がつくとなかなかの存在感だと感じる矛盾。
ではでは、さっそく中に入ってみることにしますか。。
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昭和レトロ満載の激シブ飲み屋街
ではでは、今の新天街がどんな感じなのかを見てみることにしましょう!
レトロ感にただただ浸る
中に入るとこんな感じっす。うわっ・・( *`ω´)
マジでよく今の時代まで残っていたな・・と思うほどのレトロ感。もはや天井は骨組みのみで本来の役割を果たせていない状態。
入り口が完全にふさがれているお店。。
見た限りお店な何処もやっていなそうな雰囲気ですけどもどうなんでしょうか。。
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中にはカフェーの鑑札が綺麗に残っているお店も。今でもこの鑑札は甲府市内や富士吉田市でも確認済み!!
そしてやはり二階もあるんですね。こういう「××横丁」とかこういった飲み屋街、というか昔のスナックとかバーって大抵二階があるのよね。飲み屋をやっている人の住まいだったり、戦後とかの時代であれば売春が潜りで行われていたりとか。。
果たして、ここ新天街ではどうだったんでしょうな〜〜。
新天街の真ん中には、入り口が水色のタイルが敷き詰められた共同トイレが!
こういう場所には共同トイレはつきものですね。ただ、ここは中を全く隠す気がない作りになっているので、男性がションベンしているの丸見え。。ま、見ても誰も得はしないし、こんな場所であれば隠す必要もないってか・・(⌒-⌒; )
小便はもはや便器すらないっす(笑)
左の壁に当ててそのまま流すというかなり原始的なスタイル。個室は三つですが、一番右は使用禁止とのこと。。ちなみに、中は覗いていません。。
あとは、こんなものがあったり、、
ダイヤ型の窓があったり。。
そしてようやく反対側に来ましたね。なんか上部にはアーチ型の鉄骨が残っていますが、昔はネオンか何かがあったんでしょうか。。そして、残念なことに奥のお店はぶっ壊されていますがな。。
この新天街の建物、横は全てつながってはいるものの一つ一つのお店のオーナーは違うんでしょうね。手前のお店はオーナーの都合でぶっ壊したものの、建物がつながっているから壁にはトタンを貼り付けたって感じでしょうか。
ま、何はともあれ大部分が今の時代に残っているだけで私はありがたいですよ!!
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飲み屋のママに遭遇!
少し新天街の周辺をうろついた後にまた戻ってくると、一人のお母さんんが現れました。「周辺住民の方でこの辺を掃除しに来たのかな〜?」とか考えながら、もしかしたら新天街の事を結構知っている人物なのではという期待を込めながら話を聞いてみることに!!
話をしてみると、とても親切で話しやすいお母さんでした。
私「すみません、この新天街っていつまでお店やっていたんですか?」
お母さん「まだやってるよ。私のお店を含めて3軒だけだけどね。」
えっ、そうなのww
もう全ての店が閉店してただこの一画だけが残っているだけかと思っていたら、なんとまだお店は3軒だけですが営業しているそうです。お母さんがやっているお店は、上の写真に写っている緑の看板の「バー 路」。
その隣にある「トンボ」と、トンボの向かいにある「福すし」の3軒だけが今も営業しているとのこと。トンボと福すしは路よりもお店時代の歴史は長いものの、代替わりをしているため現在一番ここで長くお店を続けているのはお母さんになのだという。
お店は16:30ころに開店するということで、また話を聞きに行く旨を伝えて一旦新天街を去ることに。まだ早朝6:00ということで、今日これから山梨県内で別の取材が幾つかあるので!
次のページでは新天街の歴史など取材した内容を書きますが、次ページの方がこの記事の核になります!!